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恩師 白井厚慶應義塾大学名誉教授講演「学徒出陣と大学」の記録(浅野健一からの報告)

 慶應義塾大学経済学部名誉教授(社会思想史)・白井厚先生の公開講演会が2014年1月6日(月)夜、同志社大学今出川校地・室町キャンパスにある寒梅館・ハーディーホールで開催された。年始の多忙な時期にもかかわらず約100人が参加。浅野ゼミの学生も多数参加した。岩上安身さん率いるIWJ(Independent Web Journal)が講演会の模様を録画配信(約2週間)してくれた。

  私は慶應義塾大学経済学部を1972年に卒業した。大学時代のゼミ指導教授である白井厚先生に一度同志社で講演してもらいたいと思っていたが、なかなか実現せず、同僚教員6人による私への解雇攻撃が最も激しい時期に来ていただくことになった。全くの偶然だが、白井先生の講演会は同志社大学・浅野ゼミの最後の大きなイベントとなった。講演会は同志社で最も大きいホールで開催した。

 白井先生は戦争と大学、「学徒出陣」をテーマにして、学問の在り方、知識人の責任について学生たちに語ってくれた。1年生のゼミメンバーの一人は、「学問は批判から始まる。しかし今の学者は政府に従うだけだ。なぜ大学は今の政治を疑わないのか」「戦争の直接の原因は軍部だが、高学歴の者が思考停止したから戦争が起きた」という先生の言葉が強く印象に残ったと言っている。
講演後に開かれた私の「定年延長」に関する集会では、白井先生は次のように発言してくれた。

《少子高齢化社会を乗り切るためには、女性を多用するということと、高齢者で、元気な人はいつまでも働けるようにすることです。大学の教授というのは全面的な自由を持ってなければならない。それは自由な発言をすることによって、優れた教授の優れた研究が生まれることです。そのために教授の雇用については万全の配慮をして、出来るだけその教授が自由な発言をするのを認めながら、さらにいっそう真理を発見して社会のために貢献していって欲しい、ということだと思います。》

 日本が戦争をできる国へと変貌しようとしている時、白井先生の大学改革への提言から学びたい。白井先生はお連れ合いの白井堯子先生(元千葉県立衛生短期大学教授、『福沢諭吉と宣教師たち―知られざる明治期の日英関係』著者)とご一緒に、今出川校地にある尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩碑、「学徒出陣」の石碑、同志社史料室なども訪れた。

 同志社大学当局による浅野研究室の解体、浅野ゼミの解散などで、講演会の記録作成が大幅に遅れてしまった。講演会から1年経ったが、白井先生の講演の要約と、講演後に開かれた私の定年延長拒否問題に関する討論の一部を紹介したい。白井先生には、お忙しい中、講演録に加筆修正をしていただいた。二部の討論で会場から発言してくれた教員にも発言内容を確認していただいた。心より感謝したい。

 講演会の記録は当時1年ゼミ(メディア学実習)のメンバーが字起こしを担当してくれた。以下は、講演会実行委員会が作成した記録である。【浅野健一】

●大学広報課の報道向けリリース

 同志社大学広報課が講演前に報道機関へ送ったプレスリリースは次のとおり。

《今回の講演は、経済学博士でありながら現在、「アジア太平洋戦争と大学」についての研究に力をいれていらっしゃる白井先生より、21世紀を生きる若者へ、侵略戦争の過去とそれを風化させないためのメッセージをいただくという内容です。

 自民党・公明党政治が「戦争が出来る国づくり」へと傾きつつある今、戦争について知り、考えることがより重要になってきています。

 今年11月は「学徒出陣70周年」で、11月23日の NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」 で、NHK が行った171大学に対する 「学徒出陣」調査 について、白井先生が論評しました。またBS朝日が11月30日に放送した「いま日本は」「学徒出陣70年」(朝日新聞社と共同企画)にも出演しました。また、11月30日の読売新聞東京本社版教育面に《[最前線]学徒出陣70年 若者に伝える 証言や資料収集 実態を調査》と題した記事に白井先生の談話が載っています。

 「地球をはじめ自然界も生物界も多事多難の折、戦争を知らない世代にも語り継いでいかなければならない貴重なお話が聞けることでしょう。

 この機会にぜひお越しください。

■日時:2014年1月6日(月)午後6時半~8時半(午後5時半開場)

■会場:同志社大学室町キャンパス寒梅館B1F ハーディーホール

(京都市営地下鉄烏丸線今出川駅から徒歩1分)

■講師:白井厚 先生

■演題:「学徒出陣と大学」

■入場料無料、予約不要

  ■主催:同志社大学社会学部メディア学科・浅野健一ゼミ 

  【白井厚(しらいあつし)先生の略歴】1930年東京都生まれ。専攻は英米社会思想史、太平洋戦争と大学。慶應義塾大学名誉教授。経済学博士。妻の白井尭子氏も社会思想史家。戦時中の学徒動員などの経験を経て旧制麻布中学卒業後、1948年、慶應義塾大学経済学部予科に入学。翌年同学部(新制)に入学。その後、大学院経済学研究科の修士課程・博士課程で学び、同学部に採用され、1967年に博士号を取得。1996年まで40年にわたって教壇に立つ。同志社大学浅野教授は白井ゼミ(1972年卒)出身。1974年~75年に米ヴァージニア大学、1990~91年に英のオクスフォード大学で研究したほか、外遊経験多数。ロバアト・オウエン協会、日本18世紀学会、日本協同組合学会、社会思想学会など多くの学術団体の運営にも関わった。慶大退職後は、帝京平成大学で教鞭を執った。主著は『「空想より科学へ」講義』(未来社)、『オクスフォードから』(日本経済評論社)。監修に慶大白井ゼミ著『共同研究 太平洋戦争と慶應義塾』(慶應義塾大学出版会)など多数。 

●以下は浅野教授から学生、知人へ送った案内文です。

  《白井先生には11月2日の塾員戦没者追悼式と11月9日の白井厚ゼミOBG会で、2週連続でお会いしました。白井先生の講演「学徒動員70周年と大学」の講義を聞いて、学生時代を思い出しました。大学時代に社会科学の基礎、市民社会の形成過程を先生から学びました。古典を読む重要性も教わりました。先生の「社会思想史」の講義は毎回、刺激的で、新しい知識を得ることができました。「国際法では、戦争の時にも民間人を殺傷してはならない、捕虜を虐待してはいけないなど、人権やルールを守らなければならない」と講義で学んだことは私の原点です。

  先生は「大学と戦争」をテーマにゼミで研究をされ、ゼミ生以外の多くの市民の協力を得て、貴重な研究成果を上げられました。先生の編著『大学とアジア太平洋戦争 戦争史研究と体験の歴史化』(日本経済評論社、1996)の中で、「戦時中の同志社」を書かせてもらいました。
白井ゼミは36期までありました。1972年卒の私は白井ゼミを模範として自分のゼミを20年間運営してきました。浅野ゼミも24期(浅野70歳まで)までは続けたいと願っています。