「浅野教授の文春裁判を支援する会」HP設立趣旨
私たち「浅野教授の文春裁判を支援する会」は、『週刊文春』の人権侵害報道に対して名誉毀損の損害賠償訴訟を起こして闘う同志社大学教授・浅野健一さんを励まし、裁判の勝利に向けて原告・代理人を支援することを目的として発足しました。
すでに、裁判傍聴やニュースレターの発行、また東京と京都で開催された「浅野教授を励ます会」を通して、浅野教授を支援する活動をしておりますが、この度、HPを立ち上げました。
HPを立ち上げた目的と致しましては、
①HPを開設することによって、より多くの方に浅野教授の文春裁判の経過を知ってもらうことができる。そして、支援の輪を広げることができる
②浅野教授のコメントを載せることにより、浅野教授と支援者をつなぐ役割ができる
③既に文春の記事は、インターネット上にも無断転載を繰り返され、深刻な二次被害を及ぼしているが、これ以上虚偽の言説が広がらないよう、支援会からのメッセージをインターネット上にも広げる必要がある(文春記事を放置しているプロバイダー、管理者の方々は、すみやかに記事を削除してくださるようお願いします)
ということが挙げられます。
この訴訟は、浅野さんの名誉を回復するだけでなく、文春をはじめとした人権侵害メディアに、そうした報道加害を繰り返させないための闘いでもあります。本HPを通じて、一人でも多くの方に、浅野さんの文春訴訟に関心をもっていただき、支援の輪を広げていただきたいと思います。
HP上での“闇打ち”グループの顕名・匿名基準について
☆以下の当サイトにおける顕名・匿名基準の内容が一部変更になりました。
こちらの[おことわり]をご参照ください。
浅野支援会HPでは、『週刊文春』(以下、文春)=2005年11月24日号、同17日発売=に掲載された「人権擁護派」浅野健一同志社大教授「学内セクハラ」を被害者が告発!》という見出しの記事に登場する人々を顕名、匿名に分けた。
今のところ文春関係者以外で顕名にするのは、文春側が「真実相当性」を主張した準備書面において役職、姓名を挙げて最大の情報源であることを明記している渡辺武達・同志社大学社会学部メディア学科教授(記事ではB教授、アルファベットは記事の表現、以下同)と、やはり文春の直接取材に応じたと書かれている津田正夫・立命館大学産業社会学部教授(元NHKディレクター、記事ではF教授)の2人だけとした。2人は日本マス・コミュニケーション学会の理事を務めている。
文春記事で浅野教授の名誉を毀損するコメントをした人々は、全員が仮名だった。記事の筆者の姓名も全くない。“疑惑”の人物にでっちあげられた浅野教授だけが実名だった。
このHPにおいて、彼や彼女たちの姓名、顔写真などの扱いをどうするかを支援者の間で慎重に検討した。
その際、我々の多くが支持している匿名報道主義下の顕名報道基準をもとに決めることとした。匿名報道主義に基づく報道における「顕名基準」は、法学セミナー増刊「資料集 人権と犯罪報道」、浅野『犯罪報道は変えられる』(日本評論社、『新・犯罪報道の犯罪』と改題して講談社文庫)、浅野健一・山口正紀共著『匿名報道』などで発表している(1)。
▼被告の文春関係者は顕名
まず被告の株式会社文藝春秋、鈴木洋嗣「文春」編集長、「文春」編集部の石垣篤志・名村さえ両記者(社員ではなく契約記者らしい)の計4者はすべて顕名とする。文春側が準備書面で明らかにした石井謙一郎デスクも同様の扱い。書面には、《「週刊文春」編集部で本件記事を担当したのは、石井謙一郎デスクと被告石垣篤志記者、被告名村さえ記者であり、取材は主として石垣、名村両記者が行った》とある。
▼渡辺同志社大教授と津田立命館大教授は顕名
文春記事が取り上げた「疑惑」は五つあった。要約すると、①元同志社大大学院生A子さん“性的な噂をばらまかれた”②同C子さん“海外出張先で性的な誘いを受けた” ③同Dさん“脅迫まがいのメール、留守電などを受けた”④立命館大学生E子さん“卑猥な誘いの電話をかけられた”⑤元同志社大大学院生Gさん(男性) “RA費をピンはねされた”。(アルファベットの仮名は『文春』の表記)。
これらの人たちの姓名は、石垣、名村両記者が原告に送信してきた取材依頼書にすべて実名で書かれていた。
また、文春記事に登場し、文春が記事を書くに当たって取材をしたと書面で明らかにしている人たちは5人(A、B、D、F、G=元院生)である。
書面によると、両記者は同志社大学社会学部メディア学の渡辺武達(たけさと)教授(当時・大学院新聞学専攻教務主任。本件記事の「B教授」)に取材し》、記事に書かれた様々な内容について《説明を受け》《その説明の裏づけとなる資料の提供を受けた》ことを明らかにした。
書面は次に、A子さん(現在、同志社大学嘱託講師)とDさん(男性・近畿圏の複数の大学で嘱託講師、元浅野ゼミ)から《説明を受け》《資料の提供を受けた》ことを明らかにしている。
A子さんは渡辺教授が5年間指導した元院生で、04年4月から同志社大学社会学部メディア学科・産業関係学科で嘱託講師(「外国語講読」担当)。Dさんも04年4月から06年3月まで同講師を務めた。
書面はさらに、記事中の《E子さんが所属したゼミの教授》として《立命館大学・津田正夫教授》と明記し、《取材した》と指摘した。
書面は最後に、両記者が取材した《同志社大学の大学院博士課程に九八年に入った》男性(渡辺教授の元院生で現在、国立大学助教授、記事ではG)の大学名と姓名も明らかにした。
文春記事でA子さんとDさんになっている元院生2人は、03年11月ごろから、東京や近畿の新聞・通信社、放送局、雑誌発行の出版社に、「浅野が複数の院生にセクハラで訴えられて学内の委員会にかかっている」という情報を詳しい文書と共に送っていることが分かっていた。A、D両氏はメディア各社の報道記者に直接会って、さまざまな文書を提供して、浅野教授を誹謗中傷していることも分かっている。これらの行為は03年末から文春記事が出るまでの間、続いていた。ネット上でも匿名での投稿者が類似の情報を流している。
また、A子さんは、浅野教授の元院生らを文春記者と共に脅迫している。
A子さんとDさんは前述のとおり、渡辺教授らと「メディアスクラム」を組んで、でっちあげの疑惑を報道機関に流した。この2人は同志社大学嘱託講師(Dさんは06年度で辞めた)であり、他の複数の私立大学でも教鞭をとっており、公人ではあるが、渡辺教授の情報操作、利益誘導によって動いてきた可能性もある。2人は「主犯」ではなく、渡辺教授に「利用」されている可能性もあることも考慮した。
2人の「告発」は荒唐無稽、支離滅裂ではあるが、ハラスメントの「被害者」として大学のセクハラ委に申し立てを行っているので、当面は匿名とするのが妥当と判断した。
G助教授も国立大学(独立行政法人)の教員で公人である。G助教授は、大学院生時代の当時、RA費を管理していた責任者であって、浅野教授がピンハネなどしていないことを熟知しているはずである。
G助教授の行為自体は許されるものではないが、渡辺教授の要請(脅迫の可能性もある)を受けて、断りきれずに虚偽の事実を文春記者に述べた可能性も捨てきれない。よって、少年法の精神に準じて現在のところ匿名とする。
(注1)匿名報道主義・匿名報道原則 (suspects and defendants ananimity principle in reporting crimes)は次のように定義できる。
日本では犯罪の被害者と警察検察に逮捕、または強制捜索を受けた被疑者は、未成年者と精神医療ユーザー以外、原則として姓名、住所、経歴、写真などが報道される。浅野健一は1984年に出版した『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、1987年に講談社文庫)で、警察が逮捕したことを根拠にして、被疑者のアイデンティティを明らかにする報道を実名報道主義と定義。日本弁護士連合会(日弁連)が1976年に『人権と報道』(日本評論社)で被疑者の匿名報道原則を提唱したことをベースに、北欧などではスウェーデンの報道倫理綱領で「一般市民の関心と利益の重要性が明白に存在しているとみなされる場合のほかは、姓名など報道対象者の明確化につながるような報道を控えるべきである」と規定されていることを紹介。この規定は、逮捕された市民に対する推定無罪原則の尊重、本人と家族のプライバシー保護、犯罪者の社会復帰をスムーズにするのが目的。これを匿名報道主義(原則)と名付けた。実名報道主義(官憲に依存した報道基準)と警察記者クラブは一体になっている。 匿名報道主義とは、被疑者・被告人・囚人すべてを匿名にすることではない。桂敬一氏が『現代の新聞』(岩波新書、1991年)などで、「報道されるものをすべて匿名扱いせよといういわゆる『匿名報道』」と紹介しているのは完全な誤り。
公人、準公人の権力犯罪や不適切な行為まで匿名にするわけでは全くない。捜査当局の逮捕・強制捜査などのアクションと連動して実名を出すのではなく、その姓名が知る権利の対象であれば各メディアは顕名にして客観的に報道するという考え方である。一般刑事事件において、「警察が誰を逮捕するか」などに向けられている取材と報道のエネルギーを、主に権力監視などの調査報道に向けようという主張。
1985年7月には人権と報道・連絡会(東京都杉並南郵便局私書箱23号、ファクス03-3341-9515)が誕生、『新・犯罪報道の犯罪』(浅野健一著 講談社文庫)で「顕名報道基準試案」を発表している。87年に熊本で開かれた日弁連の人権大会は「原則匿名の実現に向けて」活動すると決議。新聞労連は1997年2月に採択した「新聞人の良心宣言」の「犯罪報道」の項で「新聞人は被害者・被疑者の人権に配慮し、捜査当局の情報に過度に依存しない。何をどのように報道するか、被害者・被疑者を顕名とするか実名とするかについては常に良識と責任を持って判断し、報道による人権侵害を引き起こさないように努める」と規定、実質的に匿名報道主義の立場をとった。
匿名報道主義の提唱などがきっかけとなり、報道される側の権利が社会的に定着し、八九年末にはメディア界が被疑者の「呼び捨て」の廃止を決定、朝日新聞などが被疑者の顔写真・連行写真の不掲載を決めた。 匿名報道主義に対し当初は、逮捕された人の起訴率・有罪率が高いとか、犯罪者を社会的に制裁するのは当然、無関係の人が疑われるなどという反論が多かったが、八六年ごろから「逮捕時点で被疑者の身元を明らかにすることによって冤罪を防いでいる」「実名報道主義を止めれば警察は被疑者を匿名発表してくるのは必至で、警察が被疑者を闇から闇に葬り去る暗黒社会になる」という権力チェック論が主流になった。田島泰彦神奈川大学教授のように、「被疑者等の原則匿名化が報道の原理として妥当であるようには思われない」と結論付け、匿名主義では調査報道が難しくなると言う学者まで現れ、論理的破綻をきたしている。 (浅野健一)
●参考文献
浅野健一・山口正紀『匿名報道』学陽書房、1995年
浅野健一『犯罪報道の犯罪』学陽書房1984年
浅野健一『新・犯罪報道の犯罪』講談社文庫、1988年
浅野健一『犯罪報道とメディアの良心』第三書館、1997年
※顕名・匿名基準や事例については、以下のサイトも参照してください。
■人権と報道・連絡会 http://www.jca.apc.org/~jimporen/