浅野教授就任20周年シンポ
第二部 討論
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第二部の討論では、山口正紀氏(ジャーナリスト)の司会で、山田悦子氏(甲山事件冤罪被害者)、松岡利康氏(鹿砦社)、春川正明氏(読売テレビ解説副委員長)と浅野教授の四人が討論者として参加した。
まず山口氏が「私は元読売新聞の記者で、浅野さんと同じように社内で激しいいじめを受けて十年前にやむを得ず退職した」と自己紹介。「小野悦男さんの『でっちあげ』(社会評論社)で浅野さんが犯罪報道によってどれだけ書かれた側が傷つくかということを書いた。それを読んで同じ思いをして、これを変えなければいけないという思いで、以降ずっと一緒にやってきた」と述べた。
山田氏は「22歳で逮捕され、日本の司法に揉まれに揉まれ、ジャーナリズムに激しく報道された。人間を大切にする国家を作るのに健筆をふるわないといけないのがジャーナリストなのに、国家をチェックする精神性をこの国は養うことができない」と述べた。
松岡氏はこう話した。「私の出版の仕事について名誉毀損容疑で逮捕されて、有罪判決を受けた。その時に真っ先に神戸拘置所に駆けつけてくれたのが浅野さんと、当時大学院生だった司会の森さん。半年余り勾留された。私を逮捕した人はその後大阪地検特捜部長になり厚労省の問題で逮捕された大坪弘道検事だった。因果は巡るので、人をはめたひとは必ずはめられる。浅野さんをはめた人はどこかではめられるのではないかと私は思っている」
山田氏は「甲山事件は福祉施設で子供が亡くなった事件でセンセーショナルに書かれた。浅野さんの本はすごい内容だった。こんな新聞記者がいるのだと衝撃的だった。浅野さんは一九九四年に同志社に来られてから十年間毎年、刑事被告人である私を大学に呼んでくれた。その後も講義のゲスト、ゼミでのゲストにしてくれた。ある学生が講演の後、『今日の話を聞くまで、山田さんを犯人と思っていた』と言ってきた。報道によって刷り込まれたものは、無罪判決でも決して払しょくできない。暴力的なジャーナリズムの犯罪性を改めて感じた。それに対して浅野さんはずっと闘ってきた」
山口氏は「『犯罪報道の犯罪』は報道被害者を救った。それまでは、捕まったのだからしょうがない、と思い込まされてきた。でもそうではない、無実だろうが有実だろうがそんな報道はおかしい。そういう勇気を与えた浅野さんの本を、たくさんの冤罪被害者が感激して受けとめた」と述べた。
松岡氏は「浅野さんは現場を歩きまわってその体験の中から書いた。大きなインパクトを報道関係者のみならず社会全体に与えた」と語った。
山口氏は袴田事件の第二次再審請求で、静岡地裁が3月27日、強盗殺人罪などで死刑判決が確定した袴田巌さんの再審開始と刑の執行、拘置の停止を決定したことを取り上げ、「袴田厳さんが保釈され、新聞やテレビは大々的な報道をし、当時の捜査のあり方や裁判の批判をやっている。しかし過去にどういう報道をしたのかという点にまで目を向けてチェックを全然していない。二九日のTBS『報道特集』に袴田さんの姉が出てきて、『厳が捕まった時にどれだけひどい報道をされたか。自分がどれだけ訴えても何も通じなかった』と言っていた。そういうことを言っているのに報道しない。やはり四八年前も今も変っていないのではないか。警察が誰々を逮捕したということしか報道しない。権力をチェックするのでなく、権力に飼い馴らされた報道がある」と述べた。
山田氏は「犯罪報道は前より悪くなっていると思う。本質的には何も変っていない」と指摘し、松岡氏も「私も悪くなっていると思う。というよりも権力チェックを忘れて、横並びの記事、警察・検察発表ばかり。私の場合も検察のリークがあったから朝日が一面トップで報道した」と述べた。さらに、「21年間新聞記者と関わってきて思うのは、記者が幼稚になっているということだ。子ども化している。それが現在のジャーナリズムを作っているから、日本の教育が非常に右傾化していることにつながっている」と話した。
番組を終えて途中参加した春川氏は「袴田事件の再審では、たまたま朝の番組に出ていたので、事件の背景を話し、メディアの犯人視報道が冤罪の背景にもあるのではないかと話した。権力をチェックするという仕事の重要性を日々感じながら仕事をしている。私がこういうように考える一つのきっかけが浅野先生との出会い」と語った。さらに「ロス特派員で海外に出て一番良かったのは、世の中に色々な価値観があることを知ったことだ。最近、自分とは違う意見を許さない、存在自体を否定するような、違う意見に対する敵対的に潰す傾向があることが気になっている。米国は人と意見が違うことが前提の社会なので、だからこそ話しあって相手を慮って共通点を探ろうとする。今の政治状況もそうだが、意見の違う人を叩き潰しにかかる社会に危機感を感じる」とコメントした。
山田さんは「裁判の結果がどうなろうと、浅野ゼミの輝かしい活動は歴史に残る」と発言した。
浅野教授は最後に「私はどんな人であってもマスコミに叩かれた人、警察に捕まった人の言い分を聞こうとしてきた。我々が今日話したことの共通点は、ジャーナリズムが大事であるということ。市民の意識を作るのは、家庭、教育、マスメディアの三つ。個人の発信も含めて、みんなが人権を守って、正しい方向に社会が進むようにしなければならない」と語った。
『犯罪報道の犯罪』が出た1984年前後に免田栄さんら四人が死刑台から生還した。袴田事件の地裁決定は、30年ぶりの死刑囚再審決定だ。しかし、静岡地検はシンポのあった31日、地裁決定を不服とする即時抗告を申し立てた。地裁の再審決定で、大手メディアの中に、袴田さんが逮捕され起訴された当時の自社報道について検証する記事を見ない。
浅野教授の教授としての地位は京都地裁民事六部の仮処分と本案訴訟の二件で係争中である。本裁判の第一回期日は4月16日(水)午前10時半、京都地裁208号法廷で開かれる。浅野教授が意見陳述する。口頭弁論終了後に、裁判所の隣ある京都弁護士会館大会議室で報告集会を開く。
「浅野教授の文春裁判を支援する会」と「人権と報道・連絡会」のHPに裁判についての記事がある。山口氏が「週刊金曜日」3月21日号の「人権とメディア」に浅野教授の労働裁判について書いている。
浅野教授の雇用を守り、浅野ゼミの存続を支える二つの裁判に対する皆さんの支援をお願いしたい。
シンポの参加者からの感想が浅野ゼミと浅野教授に届いた。いくつか紹介したい。
[ おつかれさまでした。シンポジウム、たくさんの人が集まってくれて、中身もよかったですね。学生も参加してくれたし、現在の状況では、うまくいった方だと思います。レセプション、二次会もよかったです。浅野さんは、体調に気を付けて、しばらく「臨時休暇」と思って休んでください。] (支援者)
[ 31日は、失礼しました。新年度になり、同志社に先生がおられないのは心が痛いです。先日は、ゼミの皆さんに子供の面倒を見させてしまい、申し訳ありませんでした。しかし、後輩が親切に子供たちを見てくれて、感激しました。後輩の学生たちが「Decency」の精神を引き継いでくれているだと感じます。] (ゼミOG)
[ 遅ばせながら、同志社大学就任20周年おめでとうございます。今思えば学生時代に浅野先生に出逢わなければ知ることのできなかったこと、触れることのできなかった世界はあまりにも多く、感謝してもしきれません。それらの知識や経験は私の一生の財産です。私も、エネルギッシュでいくつになっても信念を持ち続けている浅野先生のような記者になれるよう日々精進します。 ] (元ゼミ生)
[ 3・31は参加できなくて申し訳ありませんでした。有意義な会になったようで、資料を拝見しながら参加したかったなぁととても残念に思っています。(略)最後になりましたが、裁判の様子もまたお伝えいただけると嬉しいです。先生の闘いを応援しています!またお会い出来る日を楽しみにしております。 ](浅野ゼミOG)
[ 今日の先生の講義はビザ更新のいろいろなことで最初から最後までは会場にいなかったので、本当に申し訳ございませんでした。しかし、私が聞いた限りの内容では、本当にきてよかったと思います。講義は先生の今までの経歴や成果及びこれからの希望と心配のいろいろを述べて頂いて、本当に先生の思想と活動に感心しました。第二部のゲストの山口正紀さん、山田悦子さん、松岡利康さんの経歴を知り、その正義感を持つ闘う精神に感動しました。素晴らしい講義でした。先生はこの正義の闘う精神を持って、先生を愛する学生さんたちのために、同志社大学新聞学科の未来のために闘ってください。勝つかどうかは知らないのですが、元気があれば、なんでもできます!ですから、先生なら、勝つ方だと信じています、頑張ってください!応援します!またチャンスあれば、ぜひ本にサインしていただけないでしょうか。 ] (今年秋に院を受験する留学生)
[ 31日の集会には参加できずに申し訳ありませんでした。音声付の静止画集を送っていただきましたのでおよその雰囲気は感じとることができました。司法の場で、ジャスティスが達成されますことを祈っております。] (大学教員)
【講演者・パネリスト略歴】
☆浅野健一氏
1948年生まれ。同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻博士課程教授。元共同通信記者。著書に『戦争報道の犯罪』(社会評論社、2006年)、『メディア「凶乱」』(社会評論社、2007年)、『裁判員と「犯罪報道の犯罪」』(昭和堂、2009年)、『記者クラブ解体新書』(現代人文社、2011年)、共著に『抗う勇気』(ノーム・チョムスキーとの対談、現代人文社、2003年)、『憲法から見た実名犯罪報道』(現代人文社、2013年)など。
☆山口正紀氏
1973年3月、大阪府立三国ヶ丘高校から大阪市立大学経済学部を卒業し、同年4月、読売新聞社に記者職として入社。2003年12月、読売新聞社を退社。以後フリージャーナリストとして活動している。1985年に発足した市民団体「人権と報道・連絡会」(事務局・東京都杉並区、以下・人報連)世話人。
☆山田悦子氏
1951年生まれ。富山県出身。72年徳島文理短期大学卒業。72年4月、社会福祉法人・甲山学園保母。無罪確定後も、各地の弁護士会に招かれ、司法についての講演を行なう一方、日本の警察・司法のあり方から、「無答責任」についても疑問を持ち、日韓の研究者、ジャーナリストに呼びかけ、答責会議設立に尽力。1991年からシンポジウムを重ねる。
☆松岡利康氏
1951年熊本市生まれ。1974年同志社大学文学部英文学科卒業。学生時代に、文学部自治会委員長、第98回EVE実行委員長を務める。1972年2月1日、学費値上げに抗議し明徳館屋上に立てこもり逮捕され有罪判決を受ける。その後、出版活動に携わり、現在、出版社・株式会社鹿砦社(ろくさいしゃ)代表取締役を務める。この間、2005年にパチンコメーカーらについての出版物に対し「名誉毀損」で刑事告訴され逮捕、半年余りの勾留後有罪判決と民事でも高額賠償金判決を受ける。
☆春川正明氏
1961年5月5日生まれ。大阪市出身。1985年関西大学社会学部卒業。同年讀賣テレビ放送入社。ロサンゼルス特派員、チーフプロデューサー、報道部長を経て2007年より讀賣テレビ放送報道局解説副委員長。関西学院大学非常勤講師。現在、「情報ライブ ミヤネ屋」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。読売テレビHP「解説委員室」で毎日コラム執筆中。