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■文春裁判速報・進捗
速 報 SUBJECT 掲載日
<控訴審判決報告>

大阪高裁が「セクハラ報道」を完全否定

――浅野教授の文春裁判/2審・さらなる勝訴――
    「E子さん」記事も名誉毀損認定、損害賠償額を倍増
2009年5月18日



●被告・文春側に550万円の支払いを命令

 「主文 一審原告の本件控訴に基づき原判決を次にとおり変更する。一審被告らは、原告に対し、各自550万円及びこれに対する平成17年11月17日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。一審被告らの本件控訴を棄却する」
 ――5月15日1時15分、大阪高裁別館72号法廷。松本哲泓(てつおう)裁判長が判決主文を読み上げた。「550万円?」。一審勝訴判決が認定した損害賠償額(275万円)の2倍だ。その瞬間、傍聴席の支援者たちは一審判決以上の勝訴を確信し、大きく頷きあった。
「週刊文春」2005年11月24日号が《「人権擁護派」浅野健一同志社大教授 「学内セクハラ」を被害者が告発!》との見出しで、《浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した》と断定する記事を掲載し、浅野教授が株式会社文藝春秋と週刊文春編集者らに損害賠償などを求めた名誉毀損訴訟で、大阪高裁は一審・大阪地裁判決を変更し、被告・文春側に550万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
 損害賠償額の増額をもたらした「判決変更」の中心部分は、一審判決が名誉毀損を認めなかった「E子に対するセクハラ」記載について、「真実と認めるに足りる証拠はない」「真実と信じるにつき相当の理由があったとすることはできない」として、「真実性」も「真実相当性」も完全に否定したこと。この結果、一審判決で名誉毀損と認定され、二審でもその判断が維持された「A子に対するセクハラの記載」「C子に対するセクハラの記載」と併せ、文春記事が大々的に書きたてた「セクハラ」は、すべて完全に否定された。
 判決は、「Dに対するアカハラの記載」については一審同様、名誉毀損とは認定しなかった。しかし、この部分はもともと記事の「付けたし」(松本裁判長)に過ぎず、「事実かどうか」でなく「解釈」を争っていたもので、ほとんど大勢に影響はない。ただ、残念だったのは、原告側が強く求めていた「名誉回復のための謝罪広告の掲載」が認められなかったことで、この点については今後、原告と代理人で上告するかどうか、検討することになった。
 一方、被告・文春の代理人・喜田村洋一弁護士(東京第二弁護士会、自由人権協会代表理事)はこの日、法廷に姿を見せなかったが、「文藝春秋」社長室は同日、メディアの取材に「上訴」を表明、文春裁判は引き続き最高裁で争われることが確実になった。しかし、最高裁では「セクハラ」に関する事実認定が変更される可能性はきわめて低い。2006年1月の提訴以来3年4か月、この二審判決で文春の人権侵害報道に対する浅野さんの闘いは、全面勝利が確定的になった。

●「文春」記事と一審判決

 《これまで数々の刑事事件で、犯罪被害者や被疑者、あるいは加害者家族の人権を守るために戦ってきた、元共同通信記者の浅野健一・同志社大学教授。その浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した。“人権擁護派の旗頭”の人権感覚とは、一体どんなものか?》
 文春記事はこの前文に続き、「元大学院生A子さん」の「切々たる」訴えで始まっていた。
 《本当に辛い日々です。メディア学の伝統と質の高さに惹かれて入学した同志社大学の大学院で、まさかあの浅野先生にセクハラ被害に遭うとは思ってもいませんでした》
 記事は、《“人権派ジャーナリストきっての論客”として知られる浅野教授にはあまりにも似つかわしくない、数々のセクハラ疑惑とは――》として、「被害」5件を列挙した。
 要約すると、①「元院生A子さんが、浅野教授に『A子が愛人にして欲しいと言ってきて困る』などと噂をばらまかれた」(A子さんの話)②「元院生C子さんが、海外出張先のホテルで性的な誘いを受けた」(「同志社関係者」の話)③「A子さんとともにセクハラ問題の解決を求める院生Dさんが、脅迫まがいの携帯電話やメールを受けた」(Dさんの話)④「立命館大学生E子さんが、卑猥な誘いの電話をかけられた」(A子さんの話)⑤「留学生Hさんが、アシスタント報酬をピンハネされた」(元院生Gさん、「ある教授」の話)というもの(仮名は文春記事の表記)。
 記事はこれらについて、《浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した》(前文)、《同志社セクハラ委が、ようやく今年六月、浅野氏のキャンパス・ハラスメント(セクハラ、アカハラを含む)の一部を認定した》(本文)と断定した。
 これに対し、浅野教授は06年1月、「事実無根の報道で名誉を毀損された」として京都地裁に損害賠償訴訟を起こした。被告は株式会社文藝春秋、「週刊文春」鈴木洋嗣編集長、編集部の石垣篤志・名村さえ記者。請求内容は、①1億1000万円の損害賠償②「週刊文春」誌上での謝罪広告③新聞広告欄での謝罪文掲載の3点。訴状は「セクハラ行為など存在しない」ことを具体的に指摘し、記事には少なくとも17項目の虚偽記述があると批判。「文春」発売当日、『朝日新聞』『読売新聞』(東京本社版)に出た「文春」広告(記事と同じ見出し)も報道被害として取り上げ、同じ新聞での謝罪広告掲載を求めた。
 06年3月に京都地裁で始まった一審審理は11回に及んだ。その中で、被告・文春側は、記事では匿名だったB教授が渡辺武達・同志社大学教授であることを明らかにし、渡辺教授、A子さん=三井愛子氏、Dさん=中谷聡氏らを次々と証人申請。渡辺教授は法廷で「B教授」「同志社関係者」「教員」「ある教授」が全部自分であることを認め、記事の資料も同教授が提供、三井氏、中谷氏らの取材も、すべて同教授が仲介したことが明らかになった。
 08年2月27日の京都地裁判決は、文春記事の中核部分で原告側主張を全面的に認めた。
 判決は、まず「原告は、本件記事とともに本件ホームページ及び本件広告により名誉を毀損されたものといわざるを得ない」としたうえで、文春記事が断定した「被害5件」のうち、記事の中心だった「学内セクハラ」のA子さん・C子さん、「報酬ピンハネ」のHさんに関する記述は「真実とは認められない」「真実と信じたことについて相当な理由があったと認めることができない」と認定。「学内セクハラを大学当局が認定した」とする記事の核心的な記述についても、「同報告書の内容が同委員会の最終結論でないことは明らか」「大学当局が原告のセクハラのみならずアカハラを含むキャンパス・ハラスメントを認定したと認めることはできない」とその「真実性」を全面的に否定した。
 さらに、《「人権擁護派」浅野健一同志社大教授 「学内セクハラ」を被害者が告発!》の見出しについても、「あたかもその記載があれば告発とともにそれに対応する行為があることを窺わせるもので、それに本文中の見出しやリード記事などを踏まえると、本件見出し自体真実とまでいうことには疑問が生じる」として、「本件見出しを掲載した被告らの行為(本件ホームページ及び本件広告を含む)も違法と言わざるを得ない」と断罪した。
 これらの認定で、とりわけ重要だったのは、渡辺教授から提供された情報の信用性に対する判断。判決は、渡辺教授が「海外でセクハラ被害を受けたC子さんから届いた」と主張したメールについて、渡辺教授による改ざんの可能性・痕跡を認め、「渡辺教授が本件記事の取材時に原告に対して敵意に近い感情を抱いていたことを窺わせ」ると指摘した。
 さらに判決は、「セクハラなど人格評価に重大な影響が予想される記事を掲載する場合、その影響の大きさ、一旦掲載された場合の被害の重大性、被害回復の困難性などからすると、慎重で確実な取材とともに慎重な検証を踏まえた適正な判断をなすべきことが要請される」と述べ、「渡辺教授が被告文藝春秋に積極的に情報を提供したことが取材の端緒になったことが窺われ、かかる経緯からすれば、渡辺教授自身及び同教授から紹介を受けた人物(なお、三井、中谷はいずれも同取材当時渡辺教授の指導下にあった。)から入手した情報の信用性について、被告らは、慎重に検討することが必要であった」と批判した。
 ただ、一審判決は、文春記事の違法性を認定する一方で、同様の手法で書かれた「Dさん」(中谷氏)と、「匿名・伝聞情報」である「E子さん」に関する記述については、名誉毀損を認めないという、他の部分と矛盾した判断・認定を示した。
 E子さん、中谷氏に関する記述は、一審の審理ではほとんど争点にはならなかった。中谷氏のケースは、仮に事実であったとしても、それだけでは記事にならないレベルの問題であり、E子さんに関する記述も、「伝聞の伝聞」に過ぎなかったからだ。
 中谷氏に関しては、彼が渡辺教授、三井氏とともに、浅野教授に「TAをつけない」などの様々な嫌がらせをしたり、渡辺教授のメディアへの宣伝工作に加わったりしたことが、問題の根源にあった。これらの行動に指導教授であった浅野教授が「そのような行動はやめるよう」注意した文言の一部を、中谷氏は「脅迫電話・メール」と主張したものだったが、判決はその背景事情を斟酌せず、名誉毀損を認めないという判断を示した。
 E子さんの件は、渡辺教授と親しい津田正夫・立命館大学教授が、立命館大学セクハラ相談室に持ち込んだものだが、立命館大学では、門前払いになっている。文春記事を「裏付ける」のは、渡辺教授の影響下にある三井氏と津田教授の話だけで、文春は、E子さんに取材をしようともしていなかったことが、裁判で明らかになっていた。
 中谷氏、E子さんに関する記述は、三井氏・C子さんに関する記事と同じ情報源によっているのに、判決は、三井氏、C子さんケースとは矛盾した基準によって判断した。
判決は、この部分も一つの根拠とし、損害賠償額を275万円と低く認定し、①記事掲載後2年以 上経過している②慰謝料を命じることで原告の名誉回復は相当な程度可能――として、原告が強く求めていた謝罪広告の必要性を認めなかった。

●控訴審の争点と審理の経緯

 一審判決は大筋で原告・浅野教授の主張を認めるものであり、敗訴した被告・文春は控訴したが、原告側としても一部不満な点があるため控訴した。控訴審では、原告側は一審判決を次のように評価しつつ、一部の見直しを求めた。
 第一に、一審判決が、①A子に対するセクハラの記載②C子に対するセクハラの記載③Hに対するRA報酬のピンハネの記載④同志社大学セクシュアル・ハラスメント防止に関する委員会の認定・判断事項の記載(「大学当局がセクハラを認定」と断定して記述したこと)――の4点について、真実性も真実相当性も認めなかった点を妥当とし、その認定を控訴審でも維持するよう求めた。特に、文春記事の最大のポイントである「C子」記述について、渡辺教授による書証改ざんの可能性・痕跡を認定し、原告に対する悪意にまで言及したことを高く評価した。
 第二に、一審判決が、①Dに対するアカハラの記載②E子に対するセクハラの記載――の2点について真実性を認めたことを不当とし、この部分の取り消しを求めた。
 第三に、一審判決は記事の中核部分を名誉毀損と認めながら、損害賠償額が低すぎると指摘、謝罪広告を認めなかった点に関しても、原告が記事掲載後直ちに提訴したにもかかわらず、「記事掲載後すでに二年以上期間が経過している」として請求を退けたことを「裁判制度の自殺行為」と批判し、判決を見直すよう求めた。
 08年7月に始まった控訴審の審理では、「全面控訴」したはずの被告・文春側は、その立証努力をほとんど放棄した。
 これに対して原告側は、「E子」記述の一審認定を覆すことに全力を挙げた。その最大のポイントとなったのが、08年12月2日の第4回口頭弁論。原告側が証人申請した結果、被告側が主尋問することになった津田正夫・立命館大教授(元NHKディレクター)の証言は、控訴審の審理に決定的なインパクトを与えた。
 津田氏は、文春記事に「F教授」として登場、記事で「A子さん」(三井氏)が「立命館大学の女子学生・E子さんから被害内容を直接聞いた」として文春記者に話した「電話によるセクハラ被害」のでっち上げを補強した。文春裁判一審では「F教授」が自身であることを明らかにし、文春記事の記述を「事実」とする陳述書を提出した。津田氏はこの一審陳述書で、「E子さんは浅野教授からセクハラを受けた」と断定していた。
 しかし、控訴審の証人尋問では、原告側代理人から厳しく問われ、「E子さんの被害」に関する情報が、本人の話以外に何も裏付けのない「伝聞情報」であることを事実上認めた。また、証人尋問に先立って被告側が提出した「E子」(M子名義)「X子」らの「陳述書」なるものも、すべて津田氏の「指導」によって作成されたものであることを認めた。
 津田氏は著書などで「報道される側の権利」の確立を訴えて週刊誌などのメディア批判を展開してきたメディア研究者。そんな「メディアの人権侵害に批判的な」はずの研究者が、人権侵害雑誌の代表である週刊文春の取材に「自身は匿名・相手は実名」で登場、伝聞情報を垂れ流したうえ、文春記事の「真実性」を証明しようと法廷で懸命に証言する津田氏の姿は、裁判を傍聴した人たちにきわめて奇異な印象を与えた。
 控訴審は09年2月13日の第5回弁論で結審した。その後、裁判所の職権で3月16日に和解協議が開かれた。原告側は裁判所の和解提案を真摯に検討する姿勢を示したが、被告側は「一部でも記事が真実ではないことを認めるわけにいかないので賠償に応じるのも困難。和解文で記事の虚偽性を肯定するのも報道の生命線に反し譲れないという姿勢」(松本裁判長の原告側への説明要旨)を示し、和解提案を拒絶、5月15日の判決に至った。

●「E子記述」も名誉毀損とした控訴審判決

 全文40ページに及ぶ二審判決は、原告側が「維持」を求めた、①A子に対するセクハラの記載②C子に対するセクハラの記載③Hに対するRA報酬のピンハネの記載④同志社大学セクシュアル・ハラスメント防止に関する委員会の認定・判断事項の記載――の4点に関する一審判決の判断をすべて踏襲し、いずれについても「真実性」も「真実相当性」もないと認定した。
さらに、原告側が取り消しを求めた①Dに対するアカハラの記載②E子に対するセクハラの記載――の2点に関する一審判断のうち、「E子記述」に関する認定を全面的に見直し、「E子へのセクハラ電話」記述について、その「真実性・真実相当性」を完全に否定し、一審判決の認定を覆した。
 判決はまず、一審に提出された「三井陳述書」「津田陳述書」に添付または引用され、文春記事に長々と記載された「E子が作成した」とされる「浅野教授のセクハラについて」と題した文書と、二審に提出された「M子」名義の「津田陳述書は事実と相違ないことを証言します」との「証明書」について検討し、次のように指摘した。
 「E子が作成して送付したという、三井の陳述書に添付の書面及び津田教授の陳述書に引用の内容については、いずれも、E子が作成したかどうか、M子が作成したかどうかを確認する客観的な証拠はない。E子、M子については、証人調べはされていないし、裁判所にとっては、E子とM子が同一人物かどうかさえ確認できない。三井及び津田教授は、上記書面がE子の作成である旨述べるが、伝聞証拠であって、その内容の真偽を確認することも出来ない。上記M子の証明書については、津田教授作成の書面に押印したというだけであり、同人の陳述書は事実相違ないことを証明するというが、津田教授の陳述書には、E子が経験しない事実も記載があるのに、その全部を証明したことになっており、津田教授のいうままに押印したことが窺える」
 判決はさらに「被害者の直接の供述なく、伝聞によって被害事実を認定するには、その伝聞事実を述べる者について相当程度の信用性を必要とする」と述べたうえで、「一審原告と敵対関係にあった三井の供述及びその陳述書は、これを採用することができないものである」とし、津田教授についても「渡辺教授に協力して、一審原告によるE子に対するセクハラを立証することに熱心であることが認められる」と指摘、「これを直ちに採用するのは躊躇せざるを得ない」と述べた。
 そのうえで判決は、被告側が原告からセクハラを受けたと主張する「X子」「Y子」に関しても「X子、Y子の存在さえ明らかでなく」とし、以上から「本件記事4の事実を真実と認めるに足りる証拠はない」として、記事の真実性を否定した。
 判決はまた、文春がE子に直接取材しなかったことに言及し、「E子の被害の報告は情報提供者である三井及び津田教授に送付されたという書面だけである」としたうえで、津田教授からの取材が「原告と敵対関係にあった渡辺教授を通じての取材であり、その客観的立場も確認されていないことからすれば、これをもってE子の取材に代わって、その報告書についてE子が作成し、改ざんされていないことを保障する事情とはなしがたく」と述べ、「本件記事4の事実につき真実と信じるに足る相当の理由があったとすることはできない」として、真実相当性も否定した。
 一審判決では、渡辺教授が「海外でセクハラ被害を受けたC子さんから届いた」と主張したメールについて、渡辺教授による改ざんの可能性・痕跡を認めたが、二審判決はさらに「E子記述」についても、「改ざん」ないし「捏造」の可能性を示唆し、原告と「敵対関係」にあった渡辺教授の「協力者」津田教授の証言の信用性を否定した、といえる。
 この二審の認定により、文春記事と渡辺教授らによって浅野教授に着せられた「セクハラ教授」の濡れ衣は完全に拭い去られた。それは同時に、文春への「虚偽事実のタレコミ」によって、同僚の浅野教授を陥れようとした渡辺教授らの卑劣な工作のカラクリが白日の下にさらされ、その企みが完全に破産したことを意味する。

●「A子記述」「C子記述」でも踏み込んだ判断

 二審判決は、一審判決が名誉毀損と認定した、①A子セクハラ記載②C子セクハラ記載③Hピンハネの記載④同志社大学セクハラ委員会の認定・判断事項の記載――の4点についてもその認定を踏襲するだけでなく、さらに踏み込んだ判断を示し、文春「人権侵害取材・報道」の問題点をくっきりと浮かび上がらせた。
 たとえば、「A子(三井氏)記述」に関しては、それが「真実であるとの立証はない」としたうえで、それに関する文春の取材経過について、次のように述べた。
 「発行部数80万部という週刊誌において、大学教授が大学院生にセクハラを行ったというような記事は、その大学教授の教育者及び研究者としての生命を事実上奪うことになり得るもので、その記事の対象となった大学教授には著しい不利益を及ぼすものであるし(中略)、このような記事を掲載するに当たっては、慎重で確実な取材とともに事実の有無について厳密な判断をすることが求められるところである」
 判決は、この観点から文春の取材を検証、①本件記事は、資料のほとんどを渡辺教授、三井、中谷から提供され、記事作成には渡辺教授が深く関与し、その情報提供がなくては成り立たない状況②渡辺教授、三井、中谷と原告は平成16年(2004年)以降敵対関係にあった③大学のセクハラ委員会が再調査を始めた状況で渡辺教授が教授という立場にありながら文春に情報提供したのは、原告への強い敵対意識を窺わせる――と指摘した。
 一審判決では渡辺教授が原告に「敵意に近い感情を持っていた」と認定していたが、松本裁判長は渡辺教授、三井・中谷両氏の3人を「グループ」として括り、3人が揃って原告と04年以降、敵対関係にあったと捉えた。
 判決はまた、「(渡辺教授が)文春らの取材に協力することは、本件大学の信用を傷つける行為となるが、本件大学のセクハラ委員会が再調査を始めたという状況にありながら、文春への情報提供をしたのは、本件大学への不信感と原告への強い敵対意識を窺がわせる」と述べるなど、渡辺教授が原告に「敵対」していると9回も表現した。
 このほか、原告を除くメディア学科専任教員の姓名も3回判決文に出しており、学科教員たちが原告に「強い敵対意識」を持つ渡辺教授と連名で、原告、セクハラ委員会、学長に対して要請文を出した問題にもふれた。
 判決はさらに、その「強い敵対意識」の一環・背景として、05年7月発売の週刊新潮が「渡辺教授が学生にAVビデオを見せた」との記事を掲載したことについて、渡辺教授が「原告が新潮に情報提供した」と思い込み(それが誤認だったことは、渡辺教授の対新潮・名誉毀損訴訟で認定。訴訟は渡辺教授の敗訴確定)、八田学長への書簡で原告を「卑しい人物」と表現したことにも言及した。
 そのうえで判決は、「その取材内容が一旦掲載された場合には被害が非常に大きい事柄であることに加え、その根拠が必ずしも明確でなく、得られた情報が敵対する人物の供述が主であり、他の資料も同人物やそのグループからの提供によるものであったことからすれば、その入手した資料や取材結果については慎重に検討することが必要であった」と述べ、文春の取材を「裏付けをしていない」「不十分なもの」として、真実相当性を否定した。
 また、被告・文春側が「原告が取材申し込みを拒否したこと」をもって真実性・真実相当性を裏付けるものと主張したことに対し、判決は「原告には被告らの取材に応じる義務は全くなかったのであるから、被告らの主張は取り得ない」と一蹴した。(これは、浅野教授が文春取材に応じなかったことを非難する一部ジャーナリストの謬見を正すものだ)
 「C子記述」に関しても、判決は「電子記録はその性質上改ざんしやすいものであるから、これを証拠として採用するためには、その記録が作成者本人によって作成され、かつ、作成後に改ざんされていないことを確認する必要がある」と指摘。そのうえで、いわゆる「C子メール」について「その作成についてC子自身の陳述は得られていない」「その内容には、氏名部分を「○○」等に変更し、また註釈を入れたような部分もあり、明らかに変更が加えられている」として、一審判決以上に「改ざんの可能性」に踏み込んで、記事の真実性を否定した。
 さらに、文春がそのメールを「C子作成」と判断したことについても、それが専ら渡辺教授と三井氏の説明に基づくもので、「C子自身の説明に代わって、これがC子の作成であると信じることができるような客観的事情もなかった」と真実相当性も明快に否定した。
 文春記事が「浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した」と断定した「セクハラ委員会の報告書」記述に関しても、判決は「報告書が本件記事1(註;A子記述)及び2(註;C子記述)にかかる記事については判断を留保している事実を割愛し、その正確な内容を掲載するのではなく、結論部分を、一審原告のセクハラ行為があったとすることを強調する形で採用し」として「つまみ食い」を批判し、真実性・真実相当性を否定した。
 判決は、記事に添えられた八田英二学長の写真についても、「この写真は本件記事とは全く関係なく、JR事故の追悼式の写真である」と認定した。
 その上で、6つの争点のうち5点について、真実性、真実相当性がないと判断し、これを記事としたことは「違法」で、HP・広告もまた「違法」だとして、鈴木編集長らは「原告に対して不法行為責任を負う」と断じた。
 ただ、謝罪広告については、二審判決も必要性を認めなかった。その理由について、一審判決は、①記事掲載後2年以上経過している②慰謝料を命じることで原告の名誉回復は相当な程度可能――としていたが、二審判決は「本件の当事者でもないのに、その同意もないままに、セクハラの被害者として記事にされた者がさらに不利益を受ける可能性が否定できないこと、一審原告の名誉回復には他の手段もあることからすると、その主張は採用できない」として退けた。
 「二次被害」は、謝罪広告の書き方によって防げるはずであり、それを理由に報道被害救済に最も重要な謝罪広告掲載の請求を退ける論理には、説得力がない。この部分は、原告側として大いに不満であり、「上告」について検討することにしている。
 
●大阪、京都で記者会見

 二審判決言い渡しの後、原告の浅野教授と代理人弁護士は、午後1時30分から大阪司法記者クラブ、午後4時15分から京都司法記者クラブで、相次いで記者会見した。
 会見の中で、代理人の堀和幸弁護士は、「渡辺、三井、中谷の原告に対する敵意、津田氏がその協力者であったことまで深く突っ込んで判断した判決であり、謝罪広告が認められなかった点を差し引いても90点以上の勝訴」と述べた。
 小原健司弁護士は、「事実関係で争った部分は5点すべて原告の主張が認められた。Dさん問題は事実を争っておらず、それがハラスメントに当たるかどうかという評価の問題。特に判決がC子さん・E子さん記述に関して、伝聞または再伝聞による記事の真実性・真実相当性に厳しい法的判断を示したことは、伝聞報道に対する警鐘になった」と評価した。
 原告の浅野教授は、2回の会見の中で、次のように話した。
 「大阪高裁が、E子記述に関する一審判決の認定を見直してくれたのは、ほんとうにうれしい。津田教授の2時間に及ぶ証人尋問で、裁判所はE子記述のウソが分かり、冷静に判断してくれた。その意味では、津田さんのおかげで勝てた」
 「渡辺教授たちは2003年11月頃から、たくさんのメディア関係者に、私がセクハラをしたという情報を大量に流してきた。津田教授も証人尋問で20人ぐらいに話したと言った。メディア学の教授たちが、そういうことをでっち上げたり、確認もせずに流したりしている。渡辺教授は、今すぐ教授をやめるべきだ」
 「一審判決の報道で、一部の新聞はE子記述の名誉毀損が認められなかったことを、判決がセクハラを認定したかのように書いた。この裁判は私がセクハラで訴えられたのではなく、私が原告になって、でっち上げの文春セクハラ報道を名誉毀損で訴えたもの。その一部が認められなかったのを、セクハラ認定と報道するのはとんでもない間違いだ。ぜひ、今日の判決をきちんと書いて、ニュースにしてほしい」
 「D記述に関しては名誉毀損が認められなかったが、もともとこれだけなら記事にならない、付け足し部分。主要な争点ではない。これに関しては、大学の委員会の中できちんと認定されればよいと思っている」
 「謝罪広告の必要性は、認めてほしかった。ネットには今も文春記事をもとにした情報・記事が流されている。その大元が文春記事の見出し。それを訂正させ、ネットからも削除させるよう、引き続き取り組んでいきたい」
 この二審判決について、各紙は5月16日朝刊などで報じたが、『読売新聞』東京本社版は「文藝春秋社長室の話」として、「判決は驚がく以外のなにものでもない。上訴し、良識ある判断を仰ぎたい」との談話を掲載した。この判決に、ほんとうに「驚愕」したのだとしたら、代理人弁護士は、控訴審の訴訟経過を何も会社に伝えていなかったのか。裁判所の和解勧告を拒否した時点で、「一審以上の決定的な敗訴」は予測できたはずだ。
 「文藝春秋社長室」が真に「驚愕」すべきは、判決で繰り返し厳しく批判・指摘された自社「週刊文春」編集者・取材記者のずさんな取材・報道実態の方ではないか。

          (2009年5月17日/文責=支援会事務局長・山口正紀)
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