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京都地方裁判所・地位裁判判決のp18~23
「第3 当裁判所の判断」

(注)支援会は、京都地方裁判所・地位裁判判決のp18~23「第3 当裁判所の判断」を文字にしました。堀内裁判長ら3人の書き残した判決の一字一句は歴史に残ります。歴史の審判に耐えられる「判断」だったかは、今後明らかになります。
日本国憲法「第六章 司法」の「第七十六条」3項は「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」とあります。堀内、髙松、築山各裁判官は、良心に従い、権力から独立して、証拠に基づいた公正な判断を行ったかどうか、上級審で明らかになるでしょう。

〔 第3 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(被告大学院教授は,就業規則10条1項,同附則1及び48年理事会決定により,原則として定年が延長されるか)について
(1)認定事実
前前提事実,証拠(乙6ないし12,37,56,76ないし80,証人冨田安信)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 就業規則10条1項,同附則1及び48年理事会決定に基づく被告大学院の大学院教授に係る定年延長は,研究科委員会又は研究科教授会の審理を経て,最終的には,被告の理事会で決定される。
研究科委員会又は研究科教授会の審理は,各研究科長からの定年延長の提案を受けて行われるが,その具体的手続は統一的な定めはなく,被告大学院社会学研究科を含む被告大学院の複数の研究科では,定年延長に係る審議の時期,審議資料,審議の方法,決議要件等の具体的手続につき,それぞれ申合せ等を設けており,ごく近年に設けられたものもあるが,古いものでは昭和61年(乙9),平成2年(乙8)に決定された申合せもある(乙6ないし12,76ないし80)。

イ 原告が所属していた社会学研究科でも,平成19年3月7日,「社会学研究科の人件に関する申合せ」(乙12)において定年延長についての申合せがある。社会学研究科の各専攻は,この申合せに従い,専攻会議において,各専攻に所属する定年延長対象者の定年延長を提案するか否かを決定する。その際,対象者の研究業績,教育実績及び学内の運営面での貢献度等,プラス面のみならずマイナス面も含めて総合的に考慮して決定することとされており,決定後は,各専攻の教務主任等から,研究科長に対し,定年延長の必要がある教員を報告する。上記報告を受けた研究科長は,社会学研究科の研究科委員会に対し,定年延長の議題を上程する。
社会学研究科の研究科委員会は,上記研究科長の議題上程を受け,対象者の定年延長の可否を「余人をもって代えがたい」か否か,又は,定年延長が特に必要であるか否かという観点から審議の上,議決する。研究科委員会で定年延長の議決がなされた者については,さらに理事会で審議が行われ,最終的に決定がなされる(乙56,証人冨田安信)。

ウ 平成22年3月末及び平成23年3月末の渡辺教授の定年延長を提案するか否かについて行われた被告大学院社会学研究科委員会の審議において,原告は,渡辺教授は定年延長の条件である「余人をもって代えがたい」大学院教授ではないと主張して,同教授の定年延長の提案に異議を述べた(乙37,証人冨田安信)。

(2)ア 原告は,就業規則10条1項,同附則1及び48年理事会決定について,被告に定年延長制度が設けられた趣旨に照らすと,被告大学院教授においては,満65歳を迎えても,70歳までは,原則として,1年度ごとに定年が延長されるという意味に解釈すべきである旨主張する。
しかしながら,定年延長制度が設けられた趣旨が原告の述べるとおりであるとしても,就業規則1の「大学院に関係する教授にして本法人が必要と認めたものに限り」との文言,及び,48年理事会決定の「1年度ごとに定年を延長することができるものとし,満70才の年度末を限度とする。」との文言は,被告が,大学院教授で満65歳を迎えた者につき,必要性があると認めた場合には,定年年齢を,満70歳を限度として1年度ごとに延長することができることを意味すると解するのが自然であり,上記の原告の解釈は,これらの文言に反することが明らかである。
さらには,上記(1)で認定したとおり,被告大学院の研究科では,原告が所属する社会学研究科を含む多数の各研究科委員会,研究科教授会において,定年延長の審議についての具体的な申合せが存在することからすると,各研究科では,この申合せにしたがって実際の審議が行われているものと解されるのであり,また,現に,原告自身,渡辺教授の定年延長の審議に際して,「余人をもって代えがたい」との条件を満たしていないと主張して議論したのであり,これらのことは,定年延長が原則となっていたとの原告の上記解釈と相容れない。

イ 原告は,①専攻及び研究科委員会における定年延長の審議に先立ち,10月中旬ころまでに,各学科及び専攻は,定年延長候補者を組み込んだ形で,次年度の開講科目及び担当教員を決定していることや,②昭和51年3月末から平成25年3月末までの間に被告大学院を退職した被告大学院教授のうち,1度以上定年延長された者は93.1%であること,健康上の理由や自ら被告大学院教授以外の道を選択したなどの特段の事情がないにもかかわらず,定年延長がされなかった教授はないことをもって,満65歳となっても定年延長されるのが原則となっていたことを示す事実であるとする。
しかし,①については,次年度の開講科目及び担当教員の決定は,これを踏まえて,教室の割り付けや時間割の割り付け等の作業,シラバスや大学案内等の印刷物の準備も必要となることからすると,定年延長者の確定を待たずに全体の準備を早期に開始する必要のあることがらと解することができること,そもそも定年延長の対象となる大学院教授の数も限られ,その後の専攻,研究科委員会及び理事会の審議で定年延長がなされなかったとしても,いったん決定された開講科目,担当教員,教室の割り付けや時間割の割り付けの,関連部分のみの変更(休講)で足り,全体について改変が必要となるとも解されないことからすると,早期に定年延長対象者を含み次年度の開講科目及び担当教員決定されたからといって,そのことは,単に便宜上にすぎないものということができ,このことが当然に,当該定年延長対象者の定年延長が原則であることの証左ということはできない。
②については,単に審議の結果として定年延長となった者が多数であるというにすぎず,また,定年延長がなされなかった者について定年延長がなされなかった事情が全て対象者側の意向であることをうかがわせる客観的な証拠は何ら存在しないのであるから,これをもって,定年延長対象者の定年延長が原則であることの証左ということもできない。

2 争点(1)イ(原告と被告との間の労働契約の内容として,原告は,原則として定年が70歳まで延長されるか)について
原告と被告とが労働契約を締結した平成6年当時,原告の主張するような,定年延長を原則とする実態があったことを認めることのできる客観的な証拠はない。したがって,そのような実態があったことを前提として,これが労働契約の内容となったとの原告の主張は,その前提を欠き,認めることができない。

3 争点(1)ウ(被告大学院教授は,原則として定年が延長されるとの事実たる慣習が存在するか)について

(1)     上記1で認定したとおり、就業規則附則1及び48年理事会決定の文言は,被告が,大学院に関係する教授で満65歳を迎えた者につき,必要性があると認めた場合には,定年年齢を,満70歳を限度として1年度ごとに延長することができることを意味すると解するのが自然であり,さらには,被告大学院の研究科では,原告が所属する社会学研究科を含む多数の各研究科委員会,研究科教授会において,定年延長の審議についての具体的な申合せが存在することからすると,各研究科では,この申合せにしたがって実際の審議が行われているものと解されるのであり,また,現に,原告自身,渡辺教授の定年延長の審議に際して,「余人をもって代えがたい」との条件を満たしていないと主張して議論したのであり,これらのことからすると,被告と被告大学院教授との間において,満65歳に達した後も70歳までは定年延長が原則となっていたとの事実たる慣習があったと解することは困難であるといわなければならない。

(2)ア 原告は,被告大学院教授のほとんどの者が定年を延長されている等と主張するが,前前認定のとおり,これは審理の結果としてそのような事実があるということにすぎず,定年延長がなされなかった者について,その理由は明らかではない以上,これらをもって,事実たる慣習の根拠ということはできない。

イ 原告は,被告大学院において,次年度開講科目と担当教員が,暫定的とはいえ10月中旬頃までに決められていることから,後の定年延長審議が形式的で実質を伴わないものであることが,被告大学院における共通認識となっており,研究科委員会での定年延長の承認は形式的なものにすぎず,過去に実質的な定年延長審議は行われたことがない旨主張するが,10月中旬頃の決定は,原告も主張するとおり,あくまで暫定的なものであって,10月中旬頃に次年度開講科目と担当教員が暫定的に決定されるからといって,直ちに後の定年延長審議が形式的で実質を伴わないものであるということにならない。また,前記認定のとおり,少なくとも過去2回,社会学研究科の研究科委員会において,定年延長の可否を巡って異議が出され,定年延長の可否を巡って実質的な審議が行われていることが認められるものであるから,上記の原告の主張は認められない。

ウ さらに原告は,定年が延長される際に新たな労働契約の申し込みと承諾が存在しないとも主張しているが,定年が延長されない者に対しては送付されることのない「新年度授業時間割ご通知」,「個人別時間割」及び「出講案内」が,定年延長が理事会で決定された者に対しては送付されるのであり,特に「個人別時間割」には,個々の教授の次年度における担当科目,担当クラス,時間割及び教室等が具体的に記載されているのであるから(乙53の1ないし5),これらの書類を送付することは定年を延長することを前提とした行為であるといえるのであり,これらの書類を送付することをもって,被告から,定年が延長される予定の被告大学院教授に対し,1年間の定年延長を内容とする新たな労働契約の申込みの意思表示がなされたと解することは不自然とはいえず,また,被告大学院教授がこれに対して異議を述べず,その結果,労働契約の締結があったものとみなされるのが定年が延長される3月31日ないしはその直前であったとしてもそのことをもって,契約の不存在をうかがわせることはできない。

4 結語
以上によれば,原告について,満65歳に達した後の3月31日に特段の事情がない限り定年延長がなされるということはできず,したがって,就業規則10条1項,48年理事会決定に基づき,原告は,平成26年3月31日の経過をもって定年退職をしたものであるから,その余について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。したがって,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官   堀 内  照 美
裁判官      高 松  み ど り
裁判官      築 山  健 一 〕
(了)