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対渡辺武達教授裁判における6・13東京高裁判決の意義

浅野教授の文春裁判を支援する会

 浅野健一・同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻教授が2009年9月に同僚の渡辺武達教授を相手取り名誉棄損・損害賠償を求め提訴した対渡辺裁判(渡辺氏も反訴)の控訴審判決が6月13日午後1時15分から東京高裁511法廷で言い渡された。 東京高裁判所民事七部(市村陽典裁判長、濱口浩、菅谷忠行裁判官)は渡辺氏に71万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡した。賠償額は12年12月3日の東京地裁(堀内明裁判長)より30万円増額になった。渡辺氏側の請求は今回もすべて却下された。一審に引き続く浅野教授の完全勝訴となった。
高裁の注目点は下記のとおりである。

判決中重要な部分

1.「第一行為」については「不法行為」と認定はしなかったが、一方で、複数個所に被告の行動を指して「不法行為」に近い行動が散見する、と読み取れる記載が存在すること。

2.一審では認められなかった「第二行為」を明確に認定したこと。

3.C子さんへの浅野教授によるセクハラ行為の真偽を「セクハラ行為が行われたと認定することは困難である」(高裁判決19頁)と明確に正しい判断へと逆転したこと。

4.賠償金額の増額

5.一審同様に被告の主張は全て退けられたこと。

原告主張の追加採用

 判決の前半部分は原告被告双方の主張を論述する部分である。したがってこの部分は裁判所の判断ではないものの、「第1行為」についての原告の主張として、

「(1)10頁19行目末尾に,『ことにC子に対するセクハラの件については,文藝春秋社はC子からの取材はしておらず,もっぱら1審被告から提供を受けたメールとそれについての1審被告の説明に依拠したものであり,その情報提供がなければ,本件記事のような内容の記事が掲載されることはあり得ないから,1審被告の文藝春秋社に対する情報提供行為と文藝春秋社の本件記事の掲載との間に相当因果関係があることは明らかである。』を加える。」(判決文6頁)

が新たに採用されている。

 同様に「第7行為」についての原告の主張として、

「なお,1審被告は,上記各行為による損害賠償請求権は時効により消滅していると主張するが,1審被告による不法行為は,1審原告の追放という一つの目的達成に向けて有機的に関連しており,種々の不法行為が継続している間には,1審原告において,最終的に自己にどのような損害が生じるかを的確に認識・予測することは不可能である。もし上記多数の不法行為ごとに個別に時効が進行するとすれば,1審原告は,逐一個別に時効中断のための方策を採らなければならないこととなるが,このような解釈は1審原告に過剰な負担を強いるものであり,妥当でない。本件においては,1審被告による不法行為のうち,最後に行われたのは平成20年3月26日に行われた本件掲示板への書き込み(甲14の1)であるから,少なくとも消滅時効の起算曰は同日以降と考えるべきである。そうすると,本件訴えの提起は平成21年9月2日であるから,これにより時効は中断しているというべきである。」(判決文7頁)

と原告主張を長文で付け加えている。特に「1審被告の追放という一つの目的」という語句は本判決文のキーワードとして注目されるべきである。

裁判所判断部分の変更・注目点

  「第1行為」言及は一審判決とは異なり、かなり踏み込んでいる。一審判決では、

「(4)そうすると、ほかに被告の情報提供行為と原告の社会的評価が低下したこととの間の因果関係が認められるだけの特段の事情も存在しない本件においては、被告に対し、本件記事が掲載されて原告の社会的評価が低下したことについての責任を負わせることはできない。」(1審判決33頁)

とされていたが、

「(4)以上の点に加え,証拠(甲18,19)及び弁論の全趣旨によれば,文藝春秋社は,直接C子から取材をしようとして,C子の実家に電話をかけ,手紙を送るなどしたが,C子からの反応はなく,同様にE子及びHに対しても接触を試みたが奏功せず,一方,1審原告に対しても取材を申し入れたが拒絶され,結局,約1か月の取材の結果得られた情報に基づいて本件記事を完成させたことが認められる。そうすると,文藝春秋社が本件記事を掲載したのは,1審被告によって提供された情報に依るところが大きいことは否定できないものの,本件記事については,これを掲載するかどうかはもとより,その内容も,文藝春秋社の判断によって決定されたものというべきである。そして,本件全証拠によっても,他に1審被告の情報提供行為と1審原告の社会的評価が低下したこととの間に相当因果関係を認めることのできる特段の事情は認められないから,1審被告に対し,本件記事が掲載されて1審原告の社会的評価が低下したことについて責任あるものとは認められない。したがって,争点1に関する1審原告の主張には理由がない。」(高裁判決10頁)

と変更されている。結論から言えば「第1行為」を認定してはいないものの、「そうすると,文藝春秋社が本件記事を掲載したのは,1審被告によって提供された情報に依るところが大きいことは否定できないものの」との表現は、被告の関与を排除しないと読み取ることが出来、一審判決の内容からは大きな前進と言えよう。

 また一審判決を排除し「第2行為」が完全に認定されたことは、高く評価できる。被告の不法行為を以下の通り明確に認定している。

「本件前提事実のとおり,本件記事の掲載された週刊文春は平成17年11年11月17日に発売されたこと,1審被告は,同曰から同月18日にかけて,同志社大学の社会学部及び政策学部の教員のうち,1審被告と面識のある少なくとも20名程度の者に本件記事のコピーを配布したことが認められる。そして,前記1(1)のとおり,本件記事は1審原告の社会的評価を低下させるものであるから,1審原告にとっては,本件記事の内容は,週刊文春の読者はもとより,それ以外の者にも知られたくない性質のものであったということができるところ,証拠(甲22,23)及び弁論の全趣旨によれば,同志社大学の所在する京都市を含む関西地域において掲載された週刊文春の新聞広告には,本件記事の見出しは掲載されなかったことが認められるから,関西地域においては,他の誰かから知らされるのでなければ,本件記事の内容には接しなかった者も少なくなかったと認められる。そうすると,本件記事の掲載された週刊文春が発売された直後にいち早く本件記事のコピーを配布した1審被告の行為は,週刊文春の読者でない者に確実に本件記事の内容を知らせようとするものであり,文藝春秋社の名誉毅損行為とは別個独立の不法行為を構成するというべきである。

 この点,本件記事の掲載された週刊文春は全国各地で広く販売されており(公知の事実),かつ,その発行部数も約80万部であったこと(甲2,3)からすれば,上記コピーの配布を受けた者たちは,後(日)別の方法により本件記事の存在を知った可能性があることは否定できないが,本件第2行為は,1審被告が,本件記事が週刊文春に掲載されたことを利用し,1審原告の社会的評価を低下させる目的で,本件記事の内容自体を同志社大学内において広く流布させることを企図して行ったものと認められ,上記事情は1審被告による不法行為の成立を否定する理由とはならないというべきである。したがって,第2行為は1審原告に対する不法行為に該当するものと認められる。(高裁判決11~12頁)

とした。前半部分は一審判決と正反対の判断であり、また、特に被告の悪意を強調している点が注目される。「第4行為」については、文春裁判違法証拠について、原告のプライバシー権が依然存在していたことを一審判決以上に詳細、明確に認定している。

「(3) 1審被告は,本件和解書は,文春裁判の第1審において,公開の法廷においてその内容が読み上げられたが,同法廷には,1審原告の支援者、1審被告本人,そのゼミ生や知人など数十名が傍聴に来ており,この時点で公然性の認められる事実となり,本件和解書の内容はプライバシーとして保護されるべき事実ではなくなっていたと主張する。

  しかし,実際に裁判を傍聴し,あるいは,訴訟記録を閲覧する者は少数にとどまることからすれば,公開の法廷で明らかにされたということと,その内容の全部又は一部を訴訟とは無関係の第三者に公開するということとの間には質的な差があるというべきであり,本件和解書の内容が通常人であればみだりに公開されることを希望しない私生活上の秘密に属するものであること,そのため,本件和解書には第三者に対する口外禁止条項が設けられていたことは前記のとおりであるから,これらの事実が公開の法廷で明らかにされたということをもって,直ちにプライバシー権の保護が一切及ばなくなると解することは相当でない。

 (略)本件和解書の内容は,文春訴訟で証拠として提出された後も,1審原告のプライバシーに属する事項として法的保護の対象たる性格を失わないものであったというべきである。したがって,1審被告の上記主張は採用できない。

(4)1審被告は,1審原告は本件和解書が文春訴訟で証拠として提出された後,1か月以上閲覧等制限申立てを行うこともなく,何人も閲覧し得る状態で放置しており,そのため,1審被告は正当な手続によりこれを閲覧し,書き写したにすぎないのであるから,同行為が違法となる余地はないとか,本件和解書の内容を記載した書面を配布したことが1審原告に対するプライバシー侵害にあたることにつき,故意・過失を欠いていたなどと主張する。しかし,1審原告において,文春裁判において本件和解書が証拠として提出された当時,これについて直ちに閲覧制限申立てをしなければ,その内容が訴訟当事者以外の第三者に流布するおそれがあることを知りながら,これをあえて容認していたというような事情は認められない。(中略)1審原告の名誉,社会的評価に関わる事項が記載されており,これらについて第三者に対する口外禁止条項も設けられているのであるから,本件和解書の内容を1審原告に無断で公開する行為が1審原告のプライバシー権を侵害する結果となることは,上記記載自体から明らかであり,1審被告も当然上記の内容を理解した上で,本件和解書の内容を記載した書面を配布したものと認められる。したがって,1審被告の上記主張も採用できない。」(高裁判決13~14頁)

と、ここでも踏み込んで被告の不法行為を糾弾している。

  「第5行為」については、一審判決の短文での言及を訂正し、

「これに対し,1審被告は,上記メールの内容は,チヤンに対し、1審被告と新潮社との間の紛争について1審原告や森らに語らないで欲しいという口止めの依頼であるとともに,そのことを森に対し,注意を促す意味で参考送信したものであり,上記メールはチャンに対して口止めを依頼するという私信であるから,これが不特定多数の第三者に伝播する具体的な可能性はないと主張する。しかし,上記メールの『沖縄では,どうか私のことや新潮問題のことを語らないでほしい。』との記載(甲11の1,2)からだけでは,それがチャンに対して口止めを依頼する趣旨ともいい切れないし,仮にチャンに口止めを依頼する趣旨を含むものであるとしても,上記メールの文面からすれば,少なくとも森に対しては何らの口止めもしていないのであるから,上記メールに伝播可能性がないとはいえず,上記1審被告の主張を採用することはできない。また,1審被告は,森は1審被告と対立的な立場にいる人物であるから,森が,1審原告が新潮社に対して1審被告に関する虚偽の情報を提供したという1審原告の立場と反する事実を不特定多数の第三者に伝播させるおそれはないと主張する。しかし,上記のとおり,森が1審原告のいわば支援者的な立場にあることからすれば,1審被告から上記のようなメールを受信すれば,これを1審原告や,審原告の関係者,支援者に報告することの方が自然であるというべきであり,1審被告もこのことを当然予期し得るといえるから,この点においても上記メールに伝播可能性がないとはいえず,上記1審被告の主張を採用することはできない。」(高裁判決15頁)

と被告のメールの内容を紹介し、森氏へのメールが当然伝播性を持つという極めて真っ当な判断がなされている。

損害額

   高裁判決で最も注目すべき点の一つがこの部分である。「第2行為」について、

「前記認定のとおり,第2行為は,1審被告が,本件記事が週刊文春に掲載されたことを利用し,1審原告の社会的評価を低下させる目的で,本件記事の内容自体を同志社大学内において広く流布させることを企図して行ったものと認められ,本件記事のコピーの配布を受けたものが20名を下らない者であったことからすれば,別件訴訟において確定した判決に基づいて550万円及びこれに対する遅延損害金を受領していることを考慮しても,第2行為によって1審原告が受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額としては10万円が,弁護士費用としては2万円がそれぞれ相当である。」(高裁判決17頁)

とし、ここでも被告の悪意を伴った行為が「週刊文春に掲載されたことを利用し、1審被告の社会的価値を低下させる目的で」と極めて明確に指摘・断罪されている。
「第8行為」については、

「第8行為は1審原告が常習的にセクハラを行っているとか,典型的な性犯罪者であるなどといった事実を摘示するものであって,1審原告の社会的評価に与える影響の大きさを軽視することはできない。そして,第8行為に関するメールが1審原告の指導を受けた学生2名に送信されたものであり,1審原告の社会的評価を低下させる上記メールが1審原告の関係者,支援者以外の人物にも転送されたという事態は考えにくいとしても,メールの転送は容易に行い得るものであるし,また,メールの内容が口頭で伝えられるということも十分あり得ることであり,上記メールの内容が,限定的な範囲とはいえ,多数の者に伝播する可能性は十分あったことからすれば,第8行為によって生じた1審原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては10万円が,弁護士費用としては2万円がそれぞれ相当である。」(高裁判決18頁)

と、メール送信の内容についても「軽視することはできない」と強い調子で被告の不法行為を認定している。

被告側の提示した争点について

  裁判では被告側から、1審原告による本訴訟の提起そのものが不法行為に該当する、との主張が行われ、1審判決では前述の通り、「原告が本件文書に記載されているセクハラ行為をC子に対して行っていた可能性は否定できないところである」などという一部不当な表現も用いられていたが、高裁判決ではその部分が一切排除された。

「1審被告が,C子が1審原告から本件文書の内容に沿うセクハラ行為を受けたと主張し続けることは,C子の意思には沿わないものであるといわざるを得ない。このような状況においては,C子に対するセクハラ行為を強く否認している1審原告にとっては,本件文書の件は,1審被告による虚構のものであると捉えることが不合理であるとまではいえず,1審原告が,C子に対して真実セクハラ行為をしていないにもかかわらず1審被告がこれをしたものと事実をねつ造した等と主張して,1審被告に対して損害賠償請求をすることは,事実的,法律的根拠を欠いていたとまではいえるものではないというべきである。」(高裁判決18~19頁)

  本訴訟で、被告側がC子の同意を全く得ることもなく、無断でC子とのメールのやりとりを生の形で証拠として出して、C子へのセクハラを捏造したことについて、一審では曖昧な言及しかなかったが、高裁判決では適切な認定がなされた。

 本訴訟の主たる争点に関する高等裁判所の認定は概ね正確である。本裁判の推移を見守るとしてきた同志社大学キャンパス・ハラスメント防止に関する委員会は、文春確定判決と本裁判高裁判決の両方を熟読し、両裁判において渡辺氏が提出した膨大な量の「証拠」(大学委員会委員長の私的な手紙などの実物を含む)を精査して、結論を出すべきであろう。