被告側3証人が渡辺教授の指示、関与を認める
東京地裁で証人尋問始まる
同僚教授の法廷対決始まる
対渡辺教授裁判の第1回目の証人尋問は3月5日午後1時30分から東京地方裁判所606号法廷で行われた。足利事件の菅家利和さん、布川事件の杉山卓男さん夫妻、新免貢(しんめん・みつぐ)宮城学院大学教授と、山際永三・山口正紀・船橋進各氏ら人権と報道・連絡会のメンバーを含め約25人が傍聴し、「進歩と改革」の山内正紀編集長、フリージャーナリストたちが取材した。傍聴席の大半を浅野教授支援者が占める中、渡辺氏側の支援者は一、二人だけのようだった。
浅野教授は09年9月に提訴し、東京地裁民事七部準備室で弁論手続きが電話会議で15回行われてきた。原告席後方に浅野教授が座り、被告席前列中央に渡辺教授が陣取り、前代未聞の同志社大学同僚教授同士の異例の“法廷対決”が始まった。
原告(反訴被告)は浅野教授で、被告(反訴原告)は渡辺教授。事件名は、《平成21年(ワ)第31128号 損害賠償請求事件》と《平成23年(ワ)第574号 損害賠償請求反訴事件》である。裁判長は堀内明、右陪席は中村心(こころ)、左陪席は森山由孝(よしたか)の各裁判官。本訴原告の浅野教授側の代理人は弘中惇一郎・小原健司・山縣敦彦の各弁護士。渡辺教授側の代理人は池上・拾井・野崎隆史の各弁護士だ。
声震わせ「覚えてない」と末續大輔氏
この日証人になったのは末續大輔(元渡辺ゼミ院生)、中谷聡(元浅野ゼミ3期生、元院生で私大非常勤講師)、大庭絵里(神奈川大学経営学部准教授)各氏で、3人とも支離滅裂な虚偽証言を繰り返した。
末續氏はC子さんから“セクハラ被害”を訴える最初のメールを受け取った年を2003年と証言。渡辺教授らの創った捏造ストーリーでは、渡辺教授に被害をメール本文で訴えた1年前の2002年9月末にメール(添付文書付き)を受け取ったことになっているのだが、それを完全に忘れて03年と言ってしまった。C子さんから聞いた“被害”の具体的な内容について、何も説明できなかった。傍聴席にいた渡辺教授は顔をしかめ、困惑の表情を隠さなかった。
末續氏証言の中で、C子さんとは学問以外のことでも何でも話せる間柄だったと述べた。渡辺教授は文春裁判で、末續氏を仮名にしたうえで、「当時C子さんのボーイフレンド」と証言していた。末續氏は、C子さんの親友である元院生Pさんの姓名を明らかにした。自分に関するところはすべて忘れたが、他のところはすべて覚えているという不可思議な証言を行った。終始、おどおどして、肝心な質問には「覚えていない」と繰り返した。
反対尋問で、山縣弁護士の質問内容が頭に入らないのか、何度も「もう一度言ってください」と聞き返し、修士論文の審査に関しては「誰が主査で審査したか。副査が誰だったか知らない」と答えた。主査は当然渡辺教授のはずなのに、なぜそれも答えられなかったのか不思議だ。
証言後、傍聴席に戻った末續氏は額に汗を浮かべ、憔悴しきっていた。
なぜか笑顔で楽しそうな中谷聡氏
中谷氏は、冒頭で、自分の陳述書の二カ所を訂正した。中谷氏は「浅野教授が最初1年間だった英国での在外研究を私に相談なく勝手に1年半に延ばし、指導を放棄された」と非難していたが、浅野教授は「在外研究期間1年のままで、03年6月初めに帰国し、大学に復帰している」と反論していた。元院生の森類臣氏の院在籍期間も誤っており、訂正した。証言の中で陳述書記載内容を大幅に訂正するのは異例だ。
中谷氏は週刊文春の前に京都新聞の取材を受けたと述べ、社会部の日比野記者と千葉記者の実名をあげた。また、浅野ゼミの同期生で毎日新聞記者の出来祥寿氏(浅野ゼミ3期生)から浅野教授のハラスメント事案について取材を受けたことがあると述べた。「ゼミ同期の毎日新聞記者である出来さんが京都に帰ってきた時に会い、浅野教授のセクハラのことについて聞かれた」と述べた。
出来氏は3期ゼミのゼミ長で、03年11月29日に浅野教授に電話で、「読売新聞に入った同志社時代の親友から聞いたのだが、浅野先生が、複数の院生からセクハラで訴えられて大学の委員会で調査されているという情報提供が読売などメディアにあると聞いたが、どうなっているか」と心配して聞いてきた。浅野教授が大学のハラスメント委員会でセクハラ事案が問題になっていると初めて知ったのはこのときだ。これらの経緯から出来氏がこの件で中谷氏に「取材」をすることはあり得ない。中谷氏は、出来氏が浅野教授の事案の取材に来たかのように言ったが、これは完全な偽証だ。
中谷氏は浅野教授から10年間指導を受けたと言いながら、浅野教授の悪口を一方的に繰り返しただけだ。浅野教授から中谷氏へのメールや電話のほとんどが、「1対1」の私的なもので、中谷氏が「口外しない」と約束したものも含まれている。いわば信頼関係に基づいた「私信」ばかりである。また浅野教授の05年ごろのメールなどに厳しい表現はあるが、中谷氏が渡辺グループの捏造計画の一員になっていることへの注意喚起であり、指導教授として研究指導のみならず社会的態度へのアドバイスを行うのは当然であろう。
中谷氏の証言には本裁判にとって重要な要素が全くなく、どうしてこの日、証言する必要があったかのか疑問だった。さらに中谷氏は、自分がハラスメント相談員や委員会へ書面、口頭で申立てたことは一度もなく、すべて、当時大学院の専攻教務主任だった渡辺氏が専攻として委員会に持ち込んだと述べた。週刊文春の取材を受けた経緯の説明も不思議なものであった。中谷氏によると、いきなり週刊文春の記者からメールで取材問い合わせが来たという。この件については、拾井弁護士が補充の主尋問で、「あなたは大学のホームページで自分のメールアドレスを公開していますよね」と聞き、中谷氏は「はい」と答えた。この後、裁判官が「文春の取材を受けた時は大学のアドレスは使っていないのでは」と疑問を投げかけた。中谷氏は「そうです。個人のアドレスを使っていた。そのアドレスは名刺に書いている」と答えた。裁判官は「名刺にあるだけで、ネット上には公開されていないですね」と重ねて質問し、中谷氏は「公開はしていない」と回答した。つまり、誰かが中谷氏のアドレスを文春、京都新聞、毎日新聞などに教えたということだ。誰かは明らかだろう。
中谷氏はTAの件で委員会から聴取を受けた時のことを聞かれ、「委員長の鈴木教授、新関先生と事務員の百合野さんから話を聞かれた」と証言した。中谷氏が挙げた百合野正博氏は八田大学長に近い商学部教授(大学院教授を兼任)で事務職員ではない。
文春裁判確定判決は、2003年から中谷氏の指導教授は渡辺氏と認定している。
大庭絵里・神奈川大学准教授の証言に呆れる傍聴席
神奈川大学准教授で、人権と報道・連絡会会員の大庭氏は、渡辺教授から「浅野さんのセクハラ問題」を聞いて、メールでC子さんとやりとりしたと述べたが、会ったこともなく電話で話したこともないと述べた。C子さんの意思は全く確認せずに、「浅野がセクハラをしたと確信した」と述べた。更にC子さんに許可を得ることなく週刊文春記者の取材に応じたことも明らかにした。あまりの支離滅裂、唯我独尊の姿に傍聴席から失笑、冷笑が漏れた。
なぜ、「渡辺教授がわざわざ関東に住むあなたに連絡したと思うか」という問いに、「同志社大学にセクハラのことが分かる適切な学者がいなかったのではないか」と答えた。この発言は同志社大学の教職員への冒涜ではないだろうか。
また彼女独自の学術論を何度も展開したが「メディア学という学問はない」など思い込みとしか理解できない解釈が多数あった。
さらに、渡辺教授が講義の中で見せた、AVからとった性交シーン(約20秒)の入ったビデ倫広報ビデオ(音声付き)を「見たことがある」と証言し「あのビデオに問題があるとは思わない。あったとしてもあの講義では強制的に学生が見せられたわけではなく、渡辺先生は見たくないなら部屋を出てもよいとこと断った上であるから問題ない。どこまでぼかしを入れるべきかなど表現の自由の問題として教材にしただけだ」と証言した。退出してもよいと言ったという情報も渡辺氏から聞いたと答えた。
大庭氏が本当に問題のビデオを見た上で、「問題ない」と言うなら、大庭氏も神奈川大学の教室で同じビデオを見せたらどうなるのかを一度やってみてはどうか。多分、大問題になるに違いない。
大庭氏は「冤罪の被害者の場合とは違うが、『報道被害』の広義の意味で、渡辺先生は新潮記事による報道の被害者だ」と述べた。一方で、浅野教授の実名の入った文春記事について、「問題はない」と断言した。何というダブルスタンダードであろうか。
弘中惇一郎弁護士が「浅野教授に会って事実関係を聞こうと一度も思わなかったの」と質問すると、大庭氏は「私は被告(渡辺教授)側の証人なので、その必要はないですよ」と怒りをあらわに力説した。法廷で真実を述べると宣誓した人間が、被告側の立場に立って証言するから、原告の話は聞く必要はないと公言すること自体、証人の意味を理解できておらず裁判を冒涜している。
弘中弁護士が「あなたは結局、C子さんからのいくつかのメールと渡辺教授からの一方的な情報だけで、浅野教授がセクハラをしたと断定しているのですね」と聞くと、「私は同志社大学の教員ではない。私はC子さんの立場から、C子の気持ちになって考えることが大切だった」と答えた。浅野教授の「セクハラ疑惑」については伝聞のみによりその事実関係を確信し、「文春記事」も「問題ない」と言い放ちながら、「私は同志社大学の人間ではないから」と逃げ口上を述べる大庭氏の証言には品性がなかった。
末續氏と大庭氏の証言にはいずれも「C子さんからのメールは一切残っていない」という不思議な共通点があった。プリントアウトしたものもない。末續氏は当時使っていたパソコンをいつ買い換えたかも忘れている。「パソコンが壊れた」、「フロッピーが見つからない」など理由は異なっても、当時両人が「重大だと感じた」C子さんからの「セクハラ訴え」とされるメールがすべて消えてしまっているのは単なる偶然であろうか。渡辺教授のパソコンだけに、C子さんからのメールが、メディア学専攻の佐伯順子教授らに転送した形だけで残っているというのも不思議だ。
中谷氏もC子さん本人から“被害”の話を聞いたことは一度もなく、三井氏から委員会へ被害申し立て(実際はない)をしたと聞き、申し立ての「取り下げ」(撤回)のことも三井氏から聞いたと述べている。誠に不思議な人間関係と言うほかない。
裁判官は3人すべてが渡辺氏の関与、指示の有無について詳しく聞いた。「記者とのアポを取ったのは誰か」「記者に会い取材を受けた後、渡辺教授に取材があったと報告したか」など鋭い質問が相次いだ。
この日の証人に、浅野教授からセクハラ被害を受けたと大学委員会や文春に“告発”した三井愛子氏(同志社大学嘱託講師)は証人にならず、法廷にも姿を見せなかった。文春裁判では毎回のように傍聴し、証言台にも立った。三井氏はこの裁判では陳述書も書いていない。池上弁護士は証人を決める弁論準備期日(電話会議)で、「三井さんとは連絡が取れない」と述べた上で、「三井さんは文春裁判で証人になった」と述べていた。それなら、中谷氏の証言も不要ではないか。
「C子さんが乗り移ったようだ」、弁護団が大庭氏を批判
閉廷後、弁護団から傍聴者への説明会があった。弘中弁護士は「大庭さんは専門家としてC子さんを分析していたと思っていたら、趣味的にやっていたということがわかった。C子さんが自分に乗り移ってしゃべっているようで驚いた。末續さんは自分に関するところこと(C子さんとのメールのやりとり)は忘れてしまっているのに、それ以外のことは鮮明に覚えている。なかなか優れた頭脳の持ち主だと思った。中谷さんは、今日は何をしに来たのかがわからない。証言する必要があったのか。次回はPさんとC子さんが出廷する場合としない場合、両方ある。いろんなパターンの準備をしなければならないので、弁護団としては大変だが、当然勝つつもりで準備している」と締めくくった。
人権と報道・連絡会の山際永三さんは「弁護士がなかなか肝心のところをつっこんで聞くのがよかった。3人ともC子との直接的なつながりがないにもかかわらず、ウソの情報を振りまいた責任は大きい。3人とも渡辺教授の要望によって動いているのは明らかで、互いに支えあっている関係がはっきりしてきた」と話した。また、支援会事務局長の山口正紀氏は「大庭氏は一体どうなったのかと思う。渡辺教授は、破れかぶれという感じだ。裁判官は問題の本質を見極めているという印象だ」と語った。
浅野教授は「私の代理人弁護士さんたちの尋問はすべて的確で、渡辺教授の指令に盲従してでっち上げに加担した3人のウソを暴いたと思う。これからも支援をお願いしたい」と述べた。
これで渡辺教授側の立証は終わったが、渡辺教授側のオウンゴールの連発だった。
傍聴者の感想
布川事件の杉山卓男さんは「警官とかではない普通の市民が、法廷であれだけ平気でウソを証言するのを見たのは初めてだ。私と桜井さんの裁判でウソばかりついた警官のことを思い出した。末續氏は証言の後、疲れきっていた。一緒に傍聴した私の妻はコンピュータに詳しいので、末續氏のメール送信などの説明はすべて虚偽だと分かると言っている。最後に証言した大庭氏は、人を小馬鹿にしたような証言態度で、傍聴者はみんな呆れていた。後、2回の裁判をすべて傍聴したい」と述べた。
また足利事件の菅家利和さんは「3人とも何をやっているのかと思った。ウソばっかり言っていた。証言で、覚えていないとか、分からないとかばかりだった。自分の捜査や裁判のことを思い出した。女性の大学の先生は、科学、科学と言っていた。私の場合も、『科学』の名前で、DNA鑑定などでやられた。“セクハラ”されたという被害者が全く出てこないのはおかしい。被害を直接聞いたという人もいない。3人とも開き直っている感じだった」と述べた。
支援者の一人は「大学の准教授が一方の情報だけで、“被害者”の了解も得ずに、ある人をセクハラ加害者だと断定し、処分までしろと言うのはおかしい」と語った。
田中弘子・元愛媛大学教授は「大庭氏は、神奈川大学の同僚教授について『あいつをやめさせたかった』などと渡辺教授ら宛のメールで書いている。今日の証言での話し方や態度も研究者のものとは思えない」と話した。
新免教授は「大学人として他人事とは思えないので、仙台から傍聴に来た。支援者の方々の熱い思いに触れ、私自身が勇気を与えられ、義憤を覚えた。人を見捨てて、人をたたきつぶす東大法学部の論理に支配される社会のシステムの実態を常に注視し続けることの重大性を改めて認識させられた。裁判は、微力ながらも、今後も支援し続ける。傍聴席から、不誠実な証言の背中を突き刺すような鋭い視線を送る者の一人でありたいと願っている」と話した。
新免教授によると、「証言」はギリシア語では「マルトゥリア」で、そこから「殉教者」(martyr)「殉教」(martyrdom)という言葉が生まれた。新免教授は次のように語った。
《そういう意味では、「証言」を行う行為は命がけだ。3名の証言者には、人の信頼という名の「命」の重さへの意識などひとかけらもない。「見苦しい」の一語に尽きる。
不幸な連中だ。虚偽を述べる者は、自分もまた他の者から虚偽を述べられることを覚悟せねばならない。これまでに多くの人たちの不真実な証言により、当局や利害関係者によって不都合な真実が覆い隠されてきた。取り返しのつかない、その甚大な被害を受けたのが、菅家さんであり、杉山さんだ。浅野先生もまた同様だ。しかし、大学組織のグロテスクな側面を垣間見る思いだった。》
5日の公判報告のMLを読んだ支援者(人報連会員)は「大庭氏の腐敗ぶりには、驚かざるを得ない。人格が破綻してしまったのだろうか。中谷氏は文春裁判の傍聴で見ているし、浅野支援会HPに対する妨害でも私とやり合っているので、彼の自己中な性格は存じていますが。嘘をつく人たちがどういう人たちであるかが、裁判官も確認できたのではと思う」と感想を寄せてきた。
本訴原告(反訴被告)である浅野教授の証人尋問は、3月26日午後1時30分から、東京地裁606号法廷で開かれる。また、本訴被告(反訴原告)である渡辺教授の証言は5月11日(金)午前10時から正午まで、同様の東京地裁606号法廷で開かれる。
3月26日午後と5月11日午前の傍聴をどうぞよろしくお願いします。 (了)