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『週刊金曜日2008年3月7日号 人権とメディア
文春「セクハラ」報道訴訟
問われた「敵意の情報」の信用性

 《「人権擁護派」浅野健一同志社大教授 「学内セクハラ」を被害者が告発!》――こんな見出しで、《浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した》と断定する記事が『週刊文春』〇五年一一月二四日号に掲載された。これを「事実無根の捏造記事」として、浅野さんが『週刊文春』編集者らに損害賠償などを求めた名誉毀損訴訟で、京都地裁(中村哲裁判長)は二月二七日、原告の訴えを大筋で認め、被告に二百七十五万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
 『文春』記事は《本当に辛い日々です。メディア学の伝統と質の高さに惹かれて入学した同志社大学の大学院で、まさかあの浅野先生にセクハラ被害に遭うとは》という「元大学院生A子さん」の訴えで始まり、「被害」五件を「告発」した。要約すると、@元院生A子さんが性的な噂をばらまかれたA同C子さんが海外出張先のホテルで性的な誘いを受けたB同Dさんが脅迫まがいのメール・留守電などを受けたC立命館大学生E子さんが卑猥な誘いの電話をかられたD留学生Hさんがアシスタントの報酬をピンハネされた(仮名は『文春』記事のまま)というもの。
 このうち自ら「被害」を語ったのはA子さん、Dさんの二人だけ。他はすべて伝聞で、「大学院新聞学専攻教務主任・B教授」「同志社関係者」「教員」「ある教授」の話を中心に構成。事実なら最も深刻な「C子さんの被害」(ホテルで「性的な誘いを受け」「バスルームに逃げ込んだ」など)も、「同志社関係者」による匿名・伝聞情報だった。
 記事掲載直後、私は本欄で《「匿名・伝聞による闇討ち報道》と批判した(〇五年一一月二五日号)。
 裁判で『文春』側は、「記事の真実性・真実と信じた相当な理由」を立証しようと、「情報源」の渡辺武達・同大教授を証人申請。同教授は法廷で「B教授」「同志社関係者」「教員」「ある教授」が、いずれも自分であると認めた。一人の話を四人分に書き分けたわけだ。資料もほとんど同教授が提供、A子さん、Dさんへの取材も同教授が仲介したことが明らかにされた。
 地裁判決は、「被害五件」のうち、「学内セクハラ」のA子さん・C子さん、「報酬ピンハネ」のHさんに関する記述を「真実とは認められない」と認定。渡辺教授が『文春』に提供した「C子さんのメール」については「改ざんの可能性・痕跡」を認めた。「学内セクハラを大学当局が認定」とした前文の記述も、「大学当局が原告のセクハラのみならずアカハラを含むキャンパスハラスメントを認定したと認めることはできない」と否定した。
判決は、「セクハラ」など人格評価に重大な影響が予想される記事では、その影響、被害の重大性、被害回復の困難性などから、慎重で確実な取材、慎重な検証を踏まえた適正な判断をすべき、と指摘。情報源の渡辺教授は「原告に敵意に近い感情を抱いていた」とし、同教授とその紹介による人物から入手した情報の信用性は「慎重に検討する必要があった」と述べた。
 『文春』は〇一年、「大分聖嶽遺跡捏造疑惑」報道で大学名誉教授を自殺に追い込んだ「前歴」がある。遺族が起こした訴訟の確定判決は、「私怨を持つ人の情報」による疑惑報道を強く非難し、賠償・謝罪広告を命じた。同じ過ちを『文春』は懲りずに繰り返している。
 ただ、京都地裁判決は上記のような認定の一方で、同様の情報源によるDさん、E子さんに関する記述には矛盾した判断を示し、謝罪広告の必要性も認めなかった。
 これについて浅野さんは記者会見で控訴して争う意向を表明。「全国紙の文春広告を見て『学内セクハラ』を信じた人もいる。報道加害を繰り返させないためにも文春と全国紙に謝罪広告を」と訴えた。
 メディア凶乱が再燃した「ロス疑惑」報道も、「敵意の情報」による『文春』連載が発端。それを最初に批判したのが浅野さんだ。「セクハラ」記事には、その報復という『文春』自身の敵意も仄見える。

 註 聖嶽=ひじりだき
(山口正紀)
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