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進歩と改革』 2008年3月発行
『週刊文春』の「セクハラ」捏造を断罪した京都地裁判決
 ――浅野健一・同志社大学教授が報道被害訴訟で勝訴

       ジャーナリスト、「人権と報道・連絡会」世話人 山口正紀
はじめに

《「人権擁護派」浅野健一同志社大教授 「学内セクハラ」を被害者が告発!》――こんな見出しで、《浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した》と断定する四頁の記事が『週刊文春』〇五年一一月二四日号に掲載された。
 これを「事実無根の捏造記事」として浅野さんが〇六年一月、『週刊文春』編集者らを相手取り損害賠償などを求めた名誉毀損訴訟で、京都地裁(中村哲裁判長)は二月二七日、原告の訴えを大筋で認め、被告『文春』側に二七五万円の支払いを命じる原告勝訴の判決を言い渡した。
 『週刊文春』は、米捜査当局が今年二月、「一事不再理」の刑事司法原則を無視し、無罪が確定した三浦和義さんを不当逮捕した「ロス疑惑」事件で、三浦さんを冤罪に陥れた火付け役。『文春』の「疑惑の銃弾」連載が始まった一九八四年、これを真っ先に批判したのが、浅野さんだった。
 浅野さんは当時、『共同通信』記者として、メディアの人権侵害を告発する『犯罪報道の犯罪』(学陽書房)を出版したばかり。同書がきっかけとなって八五年、報道の人権侵害をなくすための市民ネットワーク「人権と報道・連絡会」が誕生した。当時『読売新聞』記者だった私は、浅野さんととともに、同会「世話人」として活動してきた。
 「ロス疑惑」報道批判以来、浅野さんは『文春』の「不倶戴天の敵」ともいうべき存在となった。その「敵」を陥れようと『文春』が、同志社大学内の「反浅野勢力」と結託して強行したのが、今回の判決で厳しく断罪された「セクハラ疑惑」捏造報道だと私は考えている。
 本稿では、浅野さんの「文春裁判」の意義とともに、人権侵害を繰り返す『週刊文春』報道の問題点も述べたい。

「セクハラ」を断定した『文春』記事

 《これまで数々の刑事事件で、犯罪被害者や被疑者、あるいは加害者家族の人権を守るために戦ってきた、元共同通信記者の浅野健一・同志社大学教授。その浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した。“人権擁護派の旗頭”の人権感覚とは、一体どんなものか?》
 ――問題の『文春』記事は、こんな前文に続き、「元大学院生A子さん」の次のような「切々たる」訴えで始まる。
 《本当に辛い日々です。メディア学の伝統と質の高さに惹かれて入学した同志社大学の大学院で、まさかあの浅野先生にセクハラ被害に遭うとは思ってもいませんでした》
 記事は、《“人権派ジャーナリストきっての論客”として知られる浅野教授にはあまりにも似つかわしくない、数々のセクハラ疑惑とは――》として、「被害」五件を列挙した。
 要約すると、@「元院生A子さんが、浅野教授に『A子が愛人にして欲しいと言ってきて困る』などと噂をばらまかれた」(A子さんの話)A「元院生C子さんが、海外出張先のホテルで性的な誘いを受けた」(「同志社関係者」の話)B「A子さんとともにセクハラ問題の解決を求める院生Dさんが、脅迫まがいの携帯電話やメールを受けた」(Dさんの話)C「立命館大学生E子さんが、卑猥な誘いの電話をかけられた」(A子さんの話)D「留学生Hさんが、アシスタント報酬をピンハネされた」(元院生Gさん、「ある教授」の話)というもの(仮名は『文春』記事の表記)。
 記事はこれらについて、《浅野教授の学内セクハラを、大学当局が認定した》(前文)、《同志社セクハラ委が、ようやく今年六月、浅野氏のキャンパス・ハラスメント(セクハラ、アカハラを含む)の一部を認定した》(本文)と断定して書いた。
 これに対し、浅野さんは〇六年一月、「事実無根の報道で名誉を毀損された」として京都地裁に損害賠償訴訟を起こした。被告は株式会社文藝春秋、『週刊文春』鈴木洋嗣編集長、編集部の石垣篤志・名村さえ記者。請求内容として、@一億一〇〇〇万円の損害賠償A『週刊文春』誌上での謝罪広告B新聞広告欄での謝罪文掲載の三点を求めた。
 訴状は「セクハラ行為など存在しない」ことを具体的に指摘し、記事には少なくとも一七項目の虚偽記述があると批判。『文春』発売当日、『朝日新聞』『読売新聞』(東京本社版)に出た『文春』広告(記事と同じ見出し)も報道被害として取り上げ、同じ新聞での謝罪広告掲載を求めた。
 提訴にあたり、浅野さんの代理人・若松芳也、堀和幸、小原健司の各弁護士(京都弁護士会)が記者会見し、「記事が書いたようなセクハラの事実はない。記事は、同志社大学当局や同大学のセクシュアル・ハラスメント防止に関する委員会が、原告によるセクハラ行為を認定したかのように記載したが、そのような事実も一切ない」と訴えた。

「匿名情報」による闇討ち報道

 この記事は、大半が「匿名の情報提供者」の「伝聞情報」で書かれていた。「ロス疑惑」報道以来の『文春』の常套手段だ。それでも、情報源を明示せず、記事を客観的事実のように装う日本のメディアの記述に慣らされている読者の多くは、書かれたことを「事実」と思っただろう。
 だが、数多くの報道被害者の名誉毀損訴訟支援に関わってきた私には、「匿名・伝聞情報」で記事を「事実」らしく装う『文春』記事のからくりが直ちに透けて見えた。
 登場人物のうち、『文春』の取材を受けたと思われる関係者は八人いた。@「A子さん」AA子さんを指導した「B教授」B「同志社大学関係者」C「教員」D大学院博士課程「Dさん」EE子さんが所属したゼミの「F教授」F元院生「Gさん」G「ある教授」(表記は『文春』記事のまま)。
 第一の問題は、浅野さんの実名を挙げて「セクハラ疑惑」を「証言」した人たちが全員匿名であること。特に「同志社大学関係者」「教員」「ある教授」は、いったいどんな人物なのか、正体不明の『幽霊』のような存在。しかも、この三人の話は「セクハラ疑惑」を印象づける記事の中心であり、記事全体できわめて大きな役割を果していた。
 だが、記事をていねいに読むと、この三人は「証言」の内容・姿勢から、「B教授」と同一人物であることがわかる。だとすると、『文春』はなぜB教授をこのように「分割」し、別人のように装ったのか。それは、三人の話をすべて「B教授が語った」と書くと、記事全体がB教授の話で書かれたことがわかってしまうからだろう。「浅野教授告発の中心人物」がばれ、記事の信憑性が低下する。だから、B教授に別人のような「仮面」をつけ、全情報源がB教授だということを隠した。「仮名」証言者にさらに「仮面」をつけさせる、きわめて卑劣な、読者だましのテクニックだ。
 そうすると、実際に取材を受けたのは、A子さん、B教授、Dさん、F教授、Gさんの五人になる。このうちA子さんとDさんの匿名は「被害者本人だから」という反論も考えられる。だが、他の三人は「被害者」でもない。三人は、相手を実名で非難するのなら自分も名乗るべきだった。
 とりわけB教授は、記事に同志社大学の「大学院新聞学専攻教務主任」とある。メディア研究者なら、自分は匿名のまま、相手を実名で非難する行為が報道倫理に反することは自明のはず。私はB教授と思われる人の「報道倫理、メディア・リテラシー」に関する著書を数冊読んでいる。それらの著書で『文春』の人権侵害を批判したB教授が、それと正反対の「証言」を、『文春』取材で行なっていた。
 もう一つの大きな問題は、B教授が「同志社大学教授」という立場上得た「情報」を、「守秘義務」に反し、人権侵害雑誌(と自身批判する)『文春』に積極的にリークしたこと。セクハラ委員会に関する情報は本来非公開だが、B教授はその情報をどこから入手したのか。当事者でもない彼が入手したことも問題だが、それ以上に重大なのは、B教授の立場からも批判の対象でしかないはずの『文春』というメディアに、「非公開情報」をリークしたことだ。
 研究者のモラルを投げ捨て、『文春』に「セクハラ疑惑」情報を積極的にリークしたうえ、守秘義務のある学内情報を歪めて伝えた。そのことに、私はB教授の浅野さんに対する特別な「悪意」ないし「私怨」を感じた。A子さん、Dさんの主張・口調にも同様の「悪意」や「私怨」がうかがえた。『文春』記者は、それを感じなかったのか。記者は、B教授と浅野さんの関係について何も調べなかったのか。
 『文春』はかつて「大分・聖嶽遺跡捏造疑惑」報道で、別府大学名誉教授を自殺に追い込んだ。その名誉毀損訴訟・福岡高裁判決(〇四年二月)で、《被告は、A氏と賀川元教授や別府大学の関係について調査することなく、A氏からの取材結果をそのまま信用して裏付け調査をまったくせずに本件記事を執筆した》《私怨ともいうべき敵対感情を抱いていると容易に知りうるA氏からの一方的な取材に基づいて、賀川元教授が遺跡捏造に関与した疑いがあるとの印象を決定的に強める記事を執筆したことは、報道機関としては著しく軽率であった》と厳しく批判された。
 今回の記事は、この判決の約一年半後に掲載された。『文春』は福岡高裁判決を、まったく意に介していなかった。
 
「伝聞の伝聞」で作られた記事

 二つ目の大きな問題は、記事中の「セクハラ・アカハラ被害」の中身が、「伝聞情報」ばかりだったこと。記事には「被害者」として五人登場するが、A子さんとDさん以外の「被害」に関する話は、すべて伝聞情報で書かれていた。
 A子さんの語る「被害」は、記事冒頭の「切々たる訴え」と裏腹に、「〜らしい」などという「噂」レベルのものばかり。彼女の話自体「浅野さんに対する中傷」とも言える。
 C子さんに関する記載は、「海外に行った先で誘いを受けた」として、その時の恐怖などが生々しく描かれ、事実とすればまさにセクシュアル・ハラスメントだ。ところが、その情報源は前記「同志社大学関係者」「教員」。そんな匿名情報源からの伝聞で、「生々しい被害」記載が成り立っている。この情報源は前述の通り、B教授と思われる。結局、C子さんに関する話も「伝聞の伝聞」でしかなかった。
 Dさんは、メールや電話で「脅迫まがいのアカハラ」を受けたという。だが、メールなどの一部の文言を取り出し、ハラスメントだという主張には問題がある。自分が相手を中傷しておいて相手にそれを批判された場合、その前段の経緯を省いて相手を非難するのはアンフェアではないのか。
 E子さんの例も、本人の話ではない。A子さんの伝聞情報をB教授と親しいF教授が補足したものでしかない。Hさんに関する「ピンハネ」報道も、やはりB教授と親しい人からの伝聞だけで、本人には確認取材をしていない。
 結局、「当事者の話」は、B教授の指導下にあったA子さんとDさんのみ。二人の「被害」はきわめてあいまい・根拠薄弱で、「セクハラ・アカハラ」の根拠とは言えない。事実ならセクハラと思われるのはC子さんの件だけだが、これはすべて情報源があいまいな伝聞情報だった。
 さらに、記事は「大学当局は浅野教授のハラスメントの一部を認定した」と断定し、大学セクハラ委員会の「報告書」と称する文書の一部を写した写真を掲載した。
 しかし、この文書は、被申立人である浅野さんの聴取がない段階で、経過報告としてA子さんら申立人に送られたもの。『文春』は、それが正式な「報告書」でなかったことは知っていたはずだ。
 もし文書が正規の「報告書」なら、そこに記載された事実、どういう訴えがあり、どう認定されたか、記事は詳細に書いただろう。しかし、記事は具体的な内容に触れていない。「報告書」という表現自体が捏造だった。
 『文春』の手法は、記事前段で「被害事例」を並べ、それを認めた大学の「報告書」があることにし、「報告書で正式に認定された」と印象づけようとする狡猾なものだった。

『文春』の名誉毀損を認定した京都地裁判決

 〇六年三月に京都地裁で始まった審理は一一回に及んだ。その中で、被告『文春』側は、「記事の真実性・真実と信じた相当な理由」を立証しようと、記事では匿名にしたB教授が渡辺武達・同志社大学教授であることを明らかにし、渡辺教授、A子さん、Dさんらを次々と証人申請した。
 渡辺教授は法廷で「B教授」「同志社関係者」「教員」「ある教授」が、いずれも自分であることを認めた。記事の資料も同教授が提供、A子さん、Dさんらの取材も、すべて同教授が紹介・仲介したものだったことが明らかになった。
 二月二七日の地裁判決は、『文春』記事の中核部分について、原告側主張を全面的に認めた。『文春』記事が断定した「被害五件」のうち、記事の中心だった「学内セクハラ」のA子さん・C子さん、及び「報酬ピンハネ」のHさんに関する記述は「真実とは認められない」と明確に認定した。
 また、「学内セクハラを大学当局が認定した」との記述についても、判決は「大学当局が原告のセクハラのみならずアカハラを含むキャンパスハラスメントを認定したと認めることはできない」と全面的に否定した。
 とりわけ重要なのは、渡辺教授が「海外でセクハラ被害を受けたC子さんから届いた」と主張したメールについて、渡辺教授による改ざんの可能性・痕跡を認めたこと。
 『文春』記事で「セクハラ」被害として最もインパクトが強かったのが、C子さんのケース。渡辺教授はそれを「裏付ける」ため、地裁に提出した陳述書の添付資料に「C子さんから受信した」という添付ファイルを付けた。判決はこれについて、「ファイル自体も事後に改ざんできる可能性もあるし、仮にC子がその全文を作成していたとしても、セクハラ委員会への提出を踏まえて内容を誇張した可能性も捨てきれない。なお、同ファイルの文中には「○○」や「◎◎」があり、一旦記載された文章に事後において手が加えられたことを裏付けている」と改ざんを認定した。
 判決は、「本件記事の作成には渡辺教授が深く関与し、同教授の情報提供がなくては成り立たない状況であったと推認される」と指摘。渡辺教授が『文春』の取材開始前の〇五年九月から、旧知の『文春』石井謙一郎デスクに本件記事の情報を垂れこんでいたことも認定した。
 そのうえで判決は、「セクハラなど人格評価に重大な影響が予想される記事では、その影響、被害の重大性、被害回復の困難性などから、慎重で確実な取材、慎重な検証を踏まえた適正な判断をすべき」と指摘。情報源の渡辺教授は「原告に敵意に近い感情を抱いていた」とし、同教授とその紹介による人物から入手した情報の信用性は「慎重に検討する必要があった」と述べた。「大分・聖嶽遺跡捏造疑惑」報道の名誉毀損訴訟判決を踏まえた明快な指摘だった。
 判決はまた、「本件記事とともに本件ホームページ及び本件広告中に記載された本件見出しが浅野教授の社会的評価を低下させた」点も強調、インターネットと新聞広告の見出しについても名誉棄損を認めた。
 ただ、地裁判決は以上のように『文春』記事の違法性を認定する一方で、同様の手法で書かれたDさんと、「匿名・伝聞情報」であるE子さんに関する記述については、名誉毀損を認めないという矛盾した判断を示した。また、原告が強く求めた謝罪広告の必要性も認めなかった。
 この部分について浅野さんは判決後の記者会見で、控訴して争う意向を表明。「全国紙の広告を見て『学内セクハラ』を信じた人もいる。報道加害を繰り返させないためにも文春と全国紙に謝罪広告を」と訴えた。
一方、『文春』側は直ちに控訴の方針を明らかにし、二月二九日に控訴。浅野さんも新聞広告と『文春』での訂正謝罪広告を求め、三月七日に控訴した。

報道被害を生み続ける『文春』人権侵害商法

 『週刊文春』は一九五九年、出版社系の週刊誌としてスタートし、『週刊新潮』とともに「新聞が書かない」記事を売り物にして、大きく部数を伸ばしてきた。その主要な柱が「疑惑」報道とプライバシー「暴露」報道だ。
 『文春』はまず、「新聞が書かない」記事の見出しを新聞や電車の中吊り広告で宣伝する。「新聞が書かない」こととは、まさに関係者のプライバシー。その口実として、「公人である」「事件に関係した」といった逃げ口上を用意する。
 〇四年三月の田中真紀子衆院議員の家族に関する記事は、出版差し止め仮処分申請で問題になった。差し止め請求は棄却されたが、それが話題になり、ふだん『文春』を読まない読者も購入、『文春』は大きな利益を上げた。記事は議員の政治活動とは無関係で、公共性も公益性もなかった
 少年事件の報道も同じだ。新聞・テレビは「少年法を守る」という建前から、事件に関係した少年を特定する記述はある程度抑制する。『文春』はむしろ「新聞が書かない」と銘打って読者の関心を煽り、時には「少年法違反」を承知で実名を記載する。八九年の「女子高生コンクリート殺人事件」では、『文春』は「野獣に人権はない」として少年四人の実名を報道、少年法を真っ向から踏みにじった。
 それ以上に、『文春』が売り上げを増やす常套手段としてきたのが、「ロス疑惑」に代表される「疑惑報道」だ。
 新聞・テレビは警察情報に依存し、逮捕段階で実名・犯人視報道を繰り広げる。『文春』はそうした「警察情報依存」報道に加え、警察が捜査に着手していない「事件」も「疑惑」として報じ、「事件化」させる手法を「開発」した。
 「ロス疑惑」報道で始まったこの「疑惑報道」手法は、その後、「生命保険5億円/死を招く女」報道(〇一年)、「福岡一家四人惨殺事件」報道(〇三年)などの事件記事、さらには「大分・聖嶽遺跡捏造疑惑」報道のような事件以外にも適用され、重大な報道被害を再生産し続けている。
 『文春』は、その興味本位な報道姿勢で、事件・犯罪の被害者も傷つけてきた。九九年一一月に起きた東京・文京区の女児殺害事件では、被害女児の母親に原因があるかのように報道した。〇一年一月、新潟県柏崎市で監禁されていた女性が保護された事件では、《新聞がとても書けない「少女」と「男」と「母親」の関係》と題した記事で、被害者のプライバシーを興味本位に暴き立てた。
 性暴力事件でも、『文春』は読者の「性的関心」にこびる記述で被害者の傷口を広げている。その典型が、沖縄の米兵によるレイプ事件。九五年九月には、《レイプ米兵三人「獣のような仕業」》の見出しで、事件を生々しく再現し、犯行現場の写真を掲載。〇一年七月の事件でも、《レイプ目撃証言入手!沖縄女性暴行事件 地元紙が書かない「告発の行方」的全真相》のタイトルで被害女性に責任があるかのような記事を載せ、傷つけた。
 こうした『文春』報道で、「報道された側」は深刻な被害を受けた。だが、報道被害者の多くは「泣き寝入り」を余儀なくされてきた。権力も財力も時間もない市民にとって、有能な顧問弁護士を抱え、資金力も「広報手段」も持つ大出版社と裁判で争うのは、気の遠くなるようなことだ。
 それでも勇気を奮い起こし、大手メディアを相手取って名誉毀損やプライバシー侵害に対する損害賠償訴訟を起こす報道被害者が、少しずつ増えてきた。「ロス疑惑」報道で「疑惑人」とされた三浦和義さんが、「本人訴訟」で次々勝訴したことが、報道被害者たちに大きな励ましとなった。
 私は、そうした報道被害訴訟で報道被害者を支援してきた。訴えた人の多くが「たとえ賠償金がとれなくても、報道の誤りを認めさせたかった。それ以外に名誉を回復する手段がなかったから」と言う。浅野さんの訴訟もそうした闘いの一つであり、その闘いと勝訴は、日々『文春』が繰り返す人権侵害報道の被害者を励ますものになると思う。

浅野さんの『文春』裁判に支援を

 『文春』の「疑惑報道」には、共通した手法がある。@情報源を明示しない伝聞情報で、「疑惑」を事実らしく印象づける手法A伝聞情報を権威づけるための「公的機関」「捜査機関」情報の恣意的利用B「悪意」をもった人物の一方的主張を鵜呑みにした記述C形式的でアンフェアな「本人取材」――だ。「ロス疑惑」報道、「大分・聖嶽遺跡捏造疑惑」報道などで駆使されたこの手法は、浅野さんに対する「セクハラ疑惑」捏造報道でも全面的に「活用」された。
 @浅野さんを実名で「告発」した登場人物は全員匿名、記事に書かれた「セクハラ」被害なるものの大半は「伝聞」情報だった(「本人の話」は、実態のないA子さん、一方的なDさんのケースだけ)。
 Aそれを権威づけるため、大学セクハラ委員会の「申立人」に対する不用意な経過報告を「大学がセクハラを認定した正式文書」であるかのように歪曲・捏造した。
 B浅野さんに「敵意」を抱く渡辺武達・同大学教授及びその指導・影響下にあるA子さん、Dさんらの一方的な話を鵜呑みにし、裏付け取材もせず、記述。
 Cアリバイ的に電話・メールで取材を申し込み、浅野さんが、それを拒否すると「取材に応じなかった」と、記事で一方的に非難した。
 今回の京都地裁判決は、こうした『文春』の報道手法に対する厳しい批判ともなった。それは今後、同じような被害にあった人たちにとっても重要な「闘いの武器」になる。
 浅野さんの提訴直後、「ロス疑惑」の三浦和義さん、「松本サリン事件」の河野義行さん、「甲山事件」の山田悦子さんら冤罪・報道被害者の呼びかけで、「浅野教授の文春裁判を支援する会」が作られた。支援会には、「大分・聖嶽遺跡捏造疑惑」報道被害者の遺族をはじめ、多くの報道被害者が参加。京都地裁で開かれた審理には毎回多くの支援者が駆けつけ、浅野さんを激励してきた。私自身も、そうした支援者に支えられ、「支援会」事務局の活動を続けている。
 舞台は、大阪高裁に移る。本誌読者の皆さんが、この裁判に関心をもち、注目していただくことを願っている。
 (裁判・支援会の活動経過について詳しくは、「浅野教授の文春裁判を支援する会」のホームページをお読みください)
(山口正紀)
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