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『救援」第460号 2007年8月10日発行
浅野教授文春裁判
渡辺武達教授黒幕説が証明される

 浅野教授の文春裁判・第九回期日が七月十日午前十時三〇分から午後五時まで、京都地裁二〇八号法廷(中村哲裁判長)で開かれた。今回は、文春に虚偽情報を垂れ込み、記事が出るまで連絡を取り合ったと公言している三人(渡辺武達・三井愛子・中谷聡各氏)の証人尋問が行われた。傍聴席は浅野教授の支援者がほとんど埋めた。被告・文春側には、藤原一志(ひとし)・文藝春秋社長室法務部長ら文春社員と、記事を書いた名村さえ・石垣篤志両記者(「週刊文春」契約記者)が初めて傍聴に来た。

*渡辺黒幕説が明確に

 計六時間にも及ぶ今回の三人の証言により、文春記事の黒幕は渡辺教授一人であることが明確になった。文春記事が《「学内セクハラ」を被害者が告発》と大見出しに書いたこと自体、全くの捏造であったことが、渡辺教授ら自身の証言によって明らかになった。同志社大学のセクハラ防止委員会に「問題」を持ち込んだのは、「被害者」ではなく、渡辺教授だったのである。

 記事で「被害者」とされたC子さんはもとより、記事の「A子さん」=三井愛子氏、「Dさん」=中谷聡氏の二人も、被害申立文書を「セクハラ委」に出していないことが分かった。渡辺教授が「顔見知りのセクハラ委員長」に個人的な関係も利用して「事案」をもちこんだことを「申立」と称していたのである。渡辺氏は原告側代理人の反対尋問で、その事実を認めざるを得なかった。

 また、三井、中谷両氏もこの日の証人尋問で、自分からは文書で申し立てた事実はなく、渡辺教授が持ち込んだ「事案」についてセクハラ委員会から事情聴取を受けたにすぎないことを証言せざるを得なかった。記事に登場する「教員」「ある教授」「同志社関係者」もB教授=渡辺教授であることが分かった。

*渡辺教授による証人潰し

 開廷後、小原健司弁護士が裁判長へ「要望書」を出した。被告側関係者の中に、裁判書類(特に原告側の陳述書)を意図的にばらまいている人物がいることを指摘し、そのような行為はやめるように被告側に厳重注意を促すものであった。裁判長も同調した。原告側証人のI氏は、六月十三日付の裁判所宛ての文書で証人を辞退したい旨を伝え、その理由を同文書内で「『原告を聖人君子にしたてようとしている』等の中傷が(私の)耳に入ってくる」などと述べている。

*三井愛子氏の尋問

 三井氏は、原告側の尋問で、セクハラ委へ持ち込んだのは渡辺教授だと認め、「渡辺先生に文春記者を紹介してもらった。文春に資料など文書は一切渡していない」と語った。三井氏の書いた文書が多数、被告文春に渡っているが、それも渡辺教授経由だったのだ。

 三井氏は「博士号の審査は五〜七人の教授が行うので、博士号をとるには、浅野教授の了承が不可欠」と偽証もした。「あなたが浅野先生の愛人だというウワサはいつ頃止んだか」という裁判官の質問に対しては「聞いたり聞かなかったりした。徐々になくなった。具体的な時期は分からない」と答えた。

 裁判官に「どういうセクハラ被害を受けたと渡辺教授に言ったのか」との質問に、「愛人との噂」についてしか答えなかった。

 二人目の証人である中谷聡氏も「〇四年一月か二月に、セクハラ委からの呼び出しに応じた。自分で申し立て書面を出したことはない」と認めた。また、「新聞社から取材があったが、アクションがないと書けないということだった。京都新聞だった」と答えた。裁判長の「なぜ浅野教授の貴方への私信を三井さんへ見せたのか。問題が大きくなるとは思わなかったか」という質問には、「学科全体にかかわること。三井さんは知っておいたほうがいいと思った」と答えた。

 渡辺教授はこの日一番注目された証人だった。メディア学の教育研究者が、自ら激しく糾弾してきた人権侵害常習犯「週刊文春」の記事の真実相当性を司法、社会に訴えるために証言したのだ。前代未聞の出来事である。

 渡辺教授は、三井氏・中谷氏・C子の件を自分がセクハラ委に持ち込んだことを認め、二十件の文書を提供したと述べた。また、「朝日・毎日・読売・共同通信からも取材があったと語った。文春が最初であるわけではない」と答えた。京都新聞は取材されていないと断定した。渡辺教授は〇三年末、京都新聞幹部に情報を提供している。なぜ新聞・通信社が、浅野教授の事案を知っていたのか。渡辺教授らが各報道機関に情報提供したためであることは間違いない。文春との関係については「石井謙一郎デスクとはNHKに関することで以前から知り合いだった。文春記事は控えめに書いている」とまで言った。

 文春記事のC子・E子については本人に了解なく資料を文春に提供したことを認めた。プライバシー侵害の問題を詰問されると「比較考慮」だと答えた。「評論社会科学」七十八号(〇六年一月発行の大学の紀要で、文春裁判に関する浅野教授の論稿を掲載)についても、「浅野先生の書いたものが名誉棄損と認定された」と述べた。紀要を発行している同志社大学社会学会は「編集者が研究発表の場にそぐわないことを見落とした」ことを理由に回収を決めており、この証言は偽証だ。全国の多くの大学研究機関が回収を拒否している。

 渡辺教授が著作の中で激しく文春を批判している文章を掘弁護士が示して「どうして文春に協力したのか」と質すと、「学生のための教育環境を守るために、必要だった」「文春にいい記事もある」と答えた。「本にはそう書いていない」と堀弁護士が問うと、「メディアリテラシーの本で、メディアのことをほめることはない」と答え「週刊新潮は悪いが、たまにはいい記事を載せる」と言った時には、傍聴席は爆笑の渦になった。

 さらに、「博士号は五〜七人で審査する。一人でも反対すると出ない」と裁判官を騙そうとした。これも嘘だ。博士号の審査は主査一人、副査二人の計三人。浅野教授が審査に加わらなくても博士号は出るのである。

 この日は、午後六時から京都弁護士会館地下ホールで、裁判報告集会が行われた。文春の大分遺跡捏造報道によって家族を自死に追い込まれた賀川真氏や、冤罪・大分みどり荘事件被害者の輿掛良一氏、そして両事件の代理人を務めた徳田靖之弁護士らが参加した。
(三津奈悟)
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